31「戦術、戦略」
メイドと魔竜が戦っている限り、私と魔王のタイマン勝負。邪魔が入らないと思っていたらそれは間違いである。
真に一対一であるのなら私の補助魔法が効く限り魔王に勝ち目などない。だから、魔王としては魔竜に『咆哮』を使わせていくことになるだろう。さらには、私にスキがあるようならばドラゴンブレスに巻き込んで一気に勝負を決めるつもりであるに違いなかった。
つまり、タイマンではなく二対二である。そのことを念頭においておかなければならない。
私も魔王も、メイドもそのことは承知しているはずだ。とはいえ、目の前の敵にまずは集中する。
私は勇者ではない。ゆえに、正面から戦って魔王を倒そうなんてことにはこだわらないのである。
現に先ほどそうして失敗したのだから、同じことを繰り返すつもりはない。
魔王は私に向かって飛び掛ってきているが、さすがにその速度も迫力も、そこらのごろつきとはワケが違う。これに立ち向かうとしたなら攻撃力低下の魔法を絡めて反撃を狙うのがスジだろう。しかしそれは魔王も読んでいるはずである。
だから、正攻法はナシだ。私は霧の王なのだから、『霧の魔法』を使う。
ほぼ全ての外壁を破壊され、床のみがむき出しになった魔王の城。そこはほぼ一瞬のうちに霧に包まれてしまった。
「こんなものが今更通用すると思っているのか」
「ああ、思ってる」
魔王の質問に答えてやりながら、私はさらに周囲の霧を濃くしていく。
かまわず、魔王は私に向かってくる。狙いもはずさない。魔法で練られた彼の剣が、私を貫く。
「む」
だが彼の攻撃は私の体をすり抜けてしまう。当然だろう、それは霧なのだ。
霧でつくった幻の私。影武者だった。
「残像だ、愚か者め」
敵の視界全てを奪うことはできなくとも、この霧の王が集中して練り上げればこのくらいのことはできる。器用さ最大をなめてはいけないのだ。
両手で握ったパワーロッドを振りかぶって、私は勢い余る魔王の背後に回り込む。そのまま、渾身の力を込めて彼の背中を打った。
「けりゃあ!」
気合と共にバットスイングで打ち抜く。ばきばきと何かが折れる音が響き、魔王は血反吐を噴出しながら吹き飛んだ。
すでに魔竜によって壁が取り払われているので、彼は勢いよく飛んでいき、私の視界から消える。
霧の魔法を展開すると見せかけ、自分の偽物をつくるという。
言葉にしてみればチンケな作戦であるが、霧でつくったにしてはかなり上等な出来だったから魔王が騙されるのも無理はなかろう。『霧の魔法』は常々使っていたのでこうしたこともできるが、魔王からしてみれば予想できまい。
「ふう」
これで終わったか、と。私は軽く息を吐く。
「甘く見られたな」
しかしそんな声が聞こえる。魔王はすぐに這い上がってきたらしい。
さすがにレベル4000の魔王ともなれば、一撃では死なないか。『エギナ』では魔王の城にいるガーディアンでさえ一撃で粉砕できるほどの攻撃力があるはずだが。
「まあ、不意を突かれたことは認めるがね。鎧が砕けたよ。さすがといえる。
だが、この魔王も一撃で倒されるような無様はとらん。今度はこちらの番だ」
「おいでなさい、どこからなりと」
魔王の言葉に、私は笑って応じた。
余裕はない。実のところ、私はそれほどの余裕を感じていない。正面から戦うのならほぼ確実に負ける。補助魔法はドラゴンが『咆哮』で解除してくる。笑って勝てるほど、有利とはいえない。
だからこそ、先ほどの不意打ちには全力を込めた。できる限りの魔力をパワーロッドにつぎ込んで振りぬいた。
しかしながら魔王は生きていたのだから、これは不利だ。そうそう何度も魔王の裏をかくことはできないだろう。そのうち、ドラゴンブレスを食らって私が消し炭になることも十分考えられるし、魔王が補助魔法への対策を工夫し、彼の魔法によって私が真っ二つになるということも予想される。
だが、ここは笑っておく。死への恐怖など感じているヒマもない。
私は『霧の王』である。真正面から敵の攻撃を受け、叩き合い、泥臭く戦う必要などない。相手を煙にまいて、おちょくり、搦め手をついて翻弄する。それでこそ魔法使いであり、『霧の王』らしい戦い方だ。そうするべきだった。そうしなければ勝てない。
「世界の支配者になろうとする男が、こんな小さな女の子一人に雄叫びを上げ、歯を剥いて飛び掛って恥ずかしくないというのなら」
挑発した。魔王を怒らせる。
どうも冷静さを装っているが、奴の沸点は低い。ここは徹底的におちょくっておくべきだった。
口を動かすだけで相手の思考能力を奪えるのなら実に安い。魔力の消費もなくできる、最善の手であろう。
「霧の王め、貴様はよほど黒焦げにされたいらしいな!」
魔王が大声を上げ、私に向けて魔法を放とうとする。雷を放出する魔法のようだが、それが放たれる一瞬前に私が魔王を指差す。
私が放ったのは、準備段階にある魔法を打ち消す『ブレイクスペル』だ。敵の大型魔法を打ち砕く、補助魔法の一つである。頭に血が上った魔王の行動は実に短絡的で、簡単に読める。
「まあそう怒るな魔王。マントがゆれるのが気に障ったのか?
これはすまないことだ、自分で『魔王』と名乗るような奴が、まさか牛のような習性をお持ちとは思わなかったから」
「貴様ッ!」
落ち着きも忘れて、魔王が飛び掛ってきた。今度は霧の魔法を見破ってきている。正しく私のところへ向かっている、間違いなく。
さすがに同じ手に二度も引っかかるような魔王ではないらしい。攻撃力低下の魔法を受けているはずだが、例によって魔竜が『咆哮』をあげようとしている。
魔法効果を消すと同時に、私をよろめかせる効果がある。『咆哮』を食らった直後に魔王の攻撃を受けるのはまずい。
かといって、こちらから魔王を攻撃しても恐らくムダだろう。彼の纏う防御障壁はかなり分厚い。火の魔法で焼き尽くそうとしても、氷の魔法で凍結させようとしても、彼には大した効果を及ぼさないだろう。『エギナ』のようにノックバックするするとも思えない。
魔王も私が今考えたようなことは、すでに予想しているはずだ。彼は自信家らしいので余計だろう。
だが、彼に魔竜がいるように私にもメイドがいる。ちらりと目をやると、彼女もこちらを見ていた。目が合い、それだけでお互いの役目を了解しあう。
メイドが魔竜の『咆哮』を阻止するだろう。
しかし魔王は魔竜へ合図を送ろうとしている、その時間差。これを利用して私は魔王へ接近、パワーロッドを両手持ち。二度目のフルスイングを見舞う。
魔王が驚愕しているが、知ったことではない。『咆哮』さえ阻止すれば奴がいくら魔法を使おうとも無意味だ。攻撃力低下の魔法はそう簡単には解けない。
咄嗟に両腕で防御する魔王だが、パワーロッドはその両腕を完全に砕いた。血飛沫が上がる。当たり前だが実にリアルだ。リアル志向を売りにしたサークルの前作でさえこれほどではなかった。
「ぐはっ! くそ、何をしている竜め!」
「竜はメイドと遊んでいるよ」
「ぐう、ならば」
魔王は両腕を治しながら下がる。『エギナ』では回復魔法など使わない魔王だが、どうやら時間経過で自動的に体力が回復する仕様を強化しているようだ。本来なら20分ほど放置しなければ完全に回復しないのだが、レベルがあがったことで回復力も強化されているらしい。
となると、面倒なことだ。魔王を殺すにはパワーロッドで滅多打ちにするか、ひたすらマジックドレインを繰り返して致命的なダメージを与えるしかないだだろう。
彼を殺す手段を考えていると、敵は何か魔法を使った。ブレイクスペルで消してやろうとも思ったが、簡単な魔法だったらしく準備時間が短い。消すヒマがなかった。
攻撃魔法ではない。彼が使ったのは、幻惑魔法の一つ。形態模写。
「随分かわいい姿になったな、魔王。むさくるしい男の姿よりずっといい。
これから、とこしえにそれでいたらどうだ。さっきの姿よりよほど人心を集めるぞ」
思わず私はそんなことをいってしまう。
魔王は、私とそっくり同じ姿に変わったのである。
「お前ならこのくらいの幻惑は見分けられただろうが、そっちのメイドはどうだろうな!」
なるほど、そういう狙いか。
確かにメイドは霧の魔法を見破れないだろう。レベル4000の魔王が練ったものともなれば余計だ。
よく見ればわかるかもしれないが、咄嗟の判断はしづらくなる。先ほどのようなアイコンタクトをしたとしても、本当に信頼していいのかという迷いがメイドに生じれば、そこで破綻するわけだ。
「いくぞ」
さらには魔王も、パワーロッドに似た武器をどこからか取り出す。魔力で形成した武器か、あるいは似た形状のものを武器庫から呼び出したのか。
だが、左手には魔法を練っている。素早く打ち出す。
ブレイクスペルを警戒しているのか、打ち消されにくい魔法ばかりを打ち込んできている。
補助魔法がかかっているため大した影響はないのだが、その中でも最大体力への割合でダメージを与えたり、状態異常を与えたりするような魔法を選んでいるあたりは魔王も考えなしとはいえない。
大した影響はないが。
「ふん」
私もパワーロッドを振り回してみるが、魔王には当たらない。やはり戦術においては奴に分があるだろう。
魔竜に関してはメイドが『咆哮』を抑えるように動いてくれているはずだが楽観してはいられない。永久におさえておけるわけではないだろうし、うまいタイミングでそれが決まれば終わりだ。
そういうことを、魔王も考えているに決まっている。
決まっている。だからこそ、その行動を読める。読めているのに、仕留め切れない。早期決着が望ましいのに、ズルズルと引き延ばされている。
決定的な一撃を奴に叩き込む一瞬、好機。待つしかない。
手はある。最初からその手しかないと睨んでいる。
「何をたくらんでいる、魔王。お前はこのまま無為な攻撃を繰り返すしかない。
いずれメイドが魔竜を倒し、お前は打つ手を無くす」
「ふん、そううまくいくと思うなよ」
私の言葉に、忌々しそうに返してくる魔王。
相手の行動が読めている上で、狙っていることがある、ということを隠すための言葉だが。魔王は自分の企みに精一杯のようだ。こういう奴が魔王なのだから、仮に勇者が敗れたところで魔王の治世は長く続かなかっただろうなと余計な心配をしてしまう。




