30「離別」
メイドが魔王の本拠にやってきてしまった。
ドラゴンブレスを防ぎきるほどの、それほどの力をもって。一体どうしたことなのだろうか。どうしてこんなことがあるのだろうか?
「来て正解だったようですね。あなたが死んでは、ターナが悲しむでしょう」
「え、ええ。そうですね」
メイドには敬語で答えつつ、私は驚愕の目で彼女を見た。
一体何故、彼女はこれほどの力を得たのだろうか。いや、そうだ。そういえば、全くそうなのだ。
先ほどの魔王の言ったことでは、説明のつかない事象がまだ一つあった。
このメイドだ。
魔王と勇者が異常な強さを持っているのはわかる。魔竜も匹敵する強さを持っているというのもまあ理解できる話だ。
だが、このメイドはどうだ。
まるで説明できない強さを持っている。それも、『エギナ』の本筋に全くかかわっていないキャラだというのに。それなのに、どうして『霧の魔法』を見破るほどに強く、またそこらのごろつきが束になっても敵わないほどの実力を持っているのだろうか。
「ふむ、そちらにも援軍か」
魔王は私から離れて、何か宝玉を砕いている。
恐らく奪われた魔力の回復をしているのだろう。マジックドレインでだいぶ吸い取ったはずなので、魔力の回復は必要だろう。
「しかし、あなたはどうしてここに。孤児院や村のことで忙しいのでは」
「ターナがあなたを心配して、手伝いにいけとうるさいので。私としても、あなたが死んでは大変困りますから」
「収入のことを心配しているのですか?」
「心外ですね」
メイドは小さなナイフを弄びながら、わざとらしい表情でそんなことを口にした。
彼女は構えをとり、油断なく魔竜に目をやる。そうして、小さな声でささやく。
「勿論あなたには色々と感謝をしていますが、それを別にしても。あなたのことが、すきなのですよ。
そもそも、主人の危機にかけつけるのは当然のことではありませんか。メイドとして」
「メイドとして?」
「私はメイドです。それ以外であるつもりはないのです」
それはなんというか、立派な職業意識という他ない。
魔王は本来ありえない、勇者側の味方キャラの出現にやや狼狽しているようにみえる。いや狼狽というよりは、戸惑っているというほうが適切か。魔竜と自分で粉砕する予定が狂ってしまっているのだろう。
だがそこはさすがに魔王。すぐに冷静さを取り戻したのか、こちらに話しかけてきた。
「この一大決戦に参加しようという勇気は褒め称えよう、女。
それに敬意を表してお前の名を聞いておこうではないか。すぐに散る命だとしても、墓標に名くらい欲しいであろう」
「なんと、私の名前ですか」
問われたメイドはすらりとした綺麗な仕草で、大仰に驚いたようにみせている。芝居がかかっている。
だが、結局彼女は名乗らない。
「私に名乗る名前などありませんね。私は、ただのメイドですから」
「ほう」
魔王は淡々と頷きを返しているが、墓標に刻む名をどうするか考えているのか。
しかし、メイド。ここまできてすら名前を名乗らないとは。なんというか、『エギナ』にこんなキャラを設定した覚えは本当にない。
彼女の経歴を確認するときに名前は判明している。花の名前からつけられた凡庸な名前であって、恥ずかしいようなものでもなんでもない。だが名乗らない。本当に必要であるとき以外は名乗らないのだ。
……まさかバグキャラか?
どこかに名無しのバグキャラのデータみたいなゴミがたまっていたのだろうか。魔王が世界を統合するときに、そのゴミデータがメイドとして練成されたという可能性はある。
「しかしただの侍女にしては、戦いの心得があるようだな。随分場慣れしているではないか。
高名な冒険者ではないかな。その可能性は低かろうが、名乗ってみよ。この魔王の記憶にある名かもしれぬ。
多少はたじろがせられるかもしれぬぞ」
「そうおっしゃられても、ただのメイドですから。戦いに慣れているのも、メイドだからです。
魔王、あなたはメイドについてどうやらご存じない。
メイドとは家の一切を取り仕切って主人を守り抜く存在。護衛であり給仕であり、洗濯から夜伽まで主人を世話する、最も気高い職業です。
そのためには力が必要であり、落ち着きが必要であり、知識が必要でしょう。
そもそも、主人より強くなくて、どうして主人が守れますか」
メイドはさも当然だといわんばかりにそうした説明を飛ばした。
途端、魔王が激昂する。彼はどうやら怒りの沸点が低いらしい。
「馬鹿をいえ! 侍女など卑しい職ではないか。下女だ。召使だ。
そんな職をどうしてそのように誇れる。第一、おまえ自身の強さの説明になっておらぬ」
しかし、言っていることは全くそのとおりだった。普通ならそうなのだ。
だが私はそれで少し思い当たるところがあった。
魔王の言っていることは、かつての私の考えと同じだったからだ。
つまり、『エギナ』には職業が追加パッチで実装される『予定』があったのだ。そのうちの一つが『メイド』である。
発売されていない同人ゲームに追加パッチの予定。私たちはそれだけこのゲームに期待をかけていたということなのだが、当然ながら全く形になってはいない。全ては企画段階という次元の出来事だ。
だがそれでも『メイド』という職業が勇者になりうるということはすでに『設定』されていることだったのかもしれない。
そして今メイドが口にしたことは全て、『メイド』を職業として追加することを猛烈に主張したスタッフの言葉そのままなのだった。
さらにはそれに対する魔王の言葉、これが彼に返した私の言葉にそっくりそのまま。あまりにも、同じすぎる。すっかり忘れていた昔のことを、そのせいで思い出してしまった。
最終的には私の方が熱意に負けて、追加パッチはどうせお遊び要素を入れるからということで彼の設定をそのまま採用することになったのである。
企画段階でもあるし、後でどうにもでなるというもくろみもあったのだが。
だが!
「カリナ、魔竜は私が引き受けます。あなたは彼と雌雄を決するのです」
『主人より強くなくてはならない』というのがメイドの『設定』として作用しているのだろうか。私は凛とした目を向けてくるメイドに頷きを返しながらそんなことを考えてしまった。
9年前にウィナンに仕えていた頃も大した力だったのに。いまや彼女は、この『霧の王』に仕えているわけだ。
『設定』がはたらいているのなら、まさかメイドは私より強いのだろうか。いや、この問題は考えるだけ危険だ。メイド自身が9年の間に研鑽を積んで設定どおりにしようと頑張ったと考えておくほうが精神衛生上よさそうだった。
「うん」
ともあれ、メイドは魔竜に立ち向かっていく。ナイフ一本で。
ちらりと見えたが、あのナイフもかなり上等な魔法付加がされている超高級品だ。盗賊の最強装備に匹敵するような品であることは間違いない。
おお、メイド。
なんと恐ろしい。
だが私にはあまり人のことを心配している余裕はなさそうだ。目の前には、私と同等の力を持った挙句、14年間研鑽し続けた魔王がいるのだから。
「ふむ、メイドとは謎に満ちた職業だったのだな。さて、それに引き換え『霧の王』、魔法使いとはわかりやすいものだ」
彼はようやく自身を取り戻したらしい。私に冷静な目を向けてくる。
「ああそうだな、『魔王』という職業には負けるがね」
私も軽口で答えて、右手にパワーロッドを構えた。左手にはマジックドレインの魔法を練り上げ、魔王と対峙する。
もう邪魔は入るまい。メイドが魔竜をおさえつづける限り一対一。
だが、魔王はそう考えていないらしい。すきあらば、魔竜にドラゴンブレスを吹かせて勝負を決する気だ。ちらりと竜に目をやっている。
そこに、私は勝機を見出せる。滅ぶがいい、魔王。
用済みの創造主というのは、お前のほうだということを思い知らせてやる。




