29「援軍」
カリナ・カサハラとしてなら、はっきり言って今まで自分が勇者であるという自覚もなかったのだ。ゲーム内のキャラクターは使命感に燃えていたかもしれないが、生憎この私はそういうこともないのである。私が名乗るものは、勇者などという見覚えのないものではない。やはり、『霧の王』という称号しかあるまい。
とはいえ、その名のとおりに霧の魔法を展開しても、もはやムダだろう。この魔王に通用するとは思えない。
正面からぶつかって、正攻法で倒す以外には方法がなさそうだ。パワーロッドが通用するかどうかはわからないので、まずは『エギナ』での魔王に対応するのと同じように戦ってみるべきだろうか。
左手に魔法反射の『水面の魔法』を展開、右手に一点集中破壊の『掘削の魔法』を準備する。魔王の攻撃を反射でしのぎつつ、隙をみて一点集中攻撃を行うのだ。地味だが堅実な作戦だといえる。
するとどうだ、私の目の前にいる魔王も同じ構えをとったではないか。
ただし展開している魔法は違う。左手に『光盾の魔法』、右手に『闇刀の魔法』。それぞれ文字の通り、光属性の防御魔法、闇属性の攻撃魔法である。これは恐らく、勇者側の最強魔法がいずれも光属性であることを考慮しているからだろう。光と闇はお互いに有効となる属性であり、同じ属性への攻撃は半減する。
突撃してきたのは、魔王だ。14歳の女魔法使いなどよりも体格で圧倒的に上回る魔王。素早い。
私は彼の攻撃を素早く左手の反射魔法で防ごうとするが、敵の攻撃速度がありすぎてとても防御が間に合わない。後ろに下がって避けるしかなかった。
初太刀をどうにか回避したものの、魔王はすぐさま追撃を見舞ってくる。これはもう防御など無理だ。
そこで私は悟った。
魔法使いである私は、高威力の魔法を極めることにばかり気をとられていて、実際に敵と組み合うような戦術を殆ど磨いていない。霧の魔法で惑わせ、そして背後から殴ることばかり考えていたためだ。
レベルカンストによる高ステータスに慢心しきってもはや戦闘技術など不要だと決め込んでいた、わけでもないのだが、実際こうして戦闘となるまでその重要性を完全に失念していた。どうにもならない。
両手に纏っていた魔法を消し、私は気を集中する。攻撃力低下の補助魔法を全力で展開したのだ。
おかげで、魔王の一撃を耐えることができた。耐えたというよりも、ほぼ無傷の状況にまで持ち込んでいる。
「む」
魔王が呻く。さすがにここまで劇的な変化があるとは想像していなかったのか。
いかに魔王といえども、攻撃力をここまで下げられては私の防御障壁を突き破れないらしい。
あとはこのまま魔王の攻撃をしのぎつつ、反撃で削ればいいだろう。少しずつダメージを与えていけば恐らく勝利できると思われる。
しばらく魔王は私を散々に魔法で攻撃しまくったが、全く痛くはなかった。魔法は全て防御障壁が防ぐし、物理攻撃も問題ない。
蚊でも刺したのかと思ったぞ、などと宣言しても問題ないくらいのダメージである。そのくらいの余裕もあろうというものだ。
「デバフ呪文か」
攻撃力低下魔法は、どうやら魔王の防御を貫通して効力を発揮した。『エギナ』においてはこの補助魔法に対する抵抗力は設定されていないから、魔王にも有効である。しかしこの世界でもそうであるかは怪しかった。
だが、うまくいった!
魔王は補助魔法を使えないので、普通ならこれで勝負が決まっている。
「では援軍を呼ぼう。勇者……いや霧の王、お前がこれにどう立ち向かうか見物だな」
さっと魔王は手を挙げた。途端、その場に衝撃が走る。物理的な衝撃だ。城全体が揺れた。
床が揺れて、倒れそうになる。誰かがこの城を破壊しようとしているかのようだが。
援軍というのは何だろうか。魔王が作り出した巨大なゴーレムなどだろうか? もしそうだとしても、その力は魔王に及ばないだろうから特に問題ないが。
やがて玉座の背にあった長大な壁面に亀裂が生じて、その部分が剥がれ落ちていった。外の風景が丸見えだ。
そこから彼のいう、『援軍』が姿をみせる。その威容は、私をたじろがせるに十分すぎた。知っている魔物だった。
「馬鹿なっ」
いかにもやられ役が言うような台詞が、私の口をついて出た。
「どうだ、霧の王。これもお前が『勇者と互角』と設定したものだぞ。
倒さずにここに来たのは失敗だったのではないかな。これでもお前は先ほどまでのように、余裕ぶっていられるか」
『援軍』は巨体だった。私はもとより、魔王よりもずっと大きい。城の壁をほとんど崩落させてしまったその威容の正体は、魔竜だった。
ドラゴンだ。竜だ。
『火山』ステージでのボスである竜が、魔王の城にいる。
この竜との対峙は前半の山場だ。盛り上げるためにBGMも専用曲を用意したし、戦闘後は苦戦であったことをほのめかすテロップが流れる。
そうした設定が、全て今自分に跳ね返ってきているのだ。
「やってしまえ!」
魔王が命じると同時に、竜が火を吹く。ドラゴンブレス。
レベル4000の私の魔法にも匹敵するほどの強烈な炎がその場を突き抜けた。私はどうにかそれを回避したが、まともに食らっていればかなり危なかっただろう。もはやこれほどの炎は個人レベルの防御障壁で防ぎきれるようなものではない。
「確かにそういう設定をした覚えがあるが」
誰だったか忘れたが、そんなことを言い出したスタッフがいたはずだ。
ドラゴンは本当に強いのでブレスを個人レベルの魔法防御などで防ぐなんて愚の骨頂、と。ゲームでは、ドラゴンブレスは全て『回避』するしかなくなっている。魔法使いも僧侶も例外なく、回避しなければHPを軽く4桁ほど吹き飛ばす。レベル40近くまで上げても軽く一撃で死ねる。
無論そうした攻撃なのできちんと画面表示の警告に従えば全て回避できるようになっている。よそ見しながらのプレイでもない限りはかわせるだろう。
しかしそれは『エギナ』での話だ。これはゲームではない。
さらに、そんな魔竜が魔王と同時に襲ってくるのだ。しかもこの魔竜は『咆哮』をあげる。この咆哮は、『敵味方にかけられた全ての補助魔法効果を解く』効果があるのだ。
私が危惧すると同時に、魔竜が大口を開いて強烈な鳴き声を発する。
耳が千切れ飛びそうなほどの音、魔力の飛散。全ての魔法効果が剥がれ飛ぶ。
思わず耳を塞いだ私の全身を、魔王の魔法が強く打った。障壁を突き破られはしなかったが、あまりの衝撃に私は吹き飛んだ。床を転がり、地に伏せてしまう。
急いで立ち上がろうとするが、その手を魔王が踏みつけてくる。
ヤツは嫌味たらしい目でこちらを見下ろしながら、すでに勝ったような調子でつまらないことを言った。
「さあ、霧の王。どうする。降参するかね。
月並みな言葉だが、お前が我が足元へ跪くのであれば、世界の半分の権利をやってもよい。始まりの村の安寧も保障しよう」
ひどいやつだ。
私はちらりと魔竜に目をやって、彼がブレスを吐こうとしているのを見た。魔王め。
下から魔王の顔を睨みあげ、私はキッパリ断ってやった。
「もう少しマシな嘘を吐くんだな、魔王。私と同等の力を持ってきた癖に、私のような子供一人も騙せないのか。
昨今の性犯罪者だっても少しまともな言い訳を考えるもんだ。魔王はそれ以下だな」
ニヤリと笑ってやると、魔王が激昂して私の手を強く踏みにじる。
「愚か者が! 消えろ」
同時に、魔竜に合図を送る魔王。狙いすましたように竜がこちらに口を向け、大きく開いた。完全にブレスを吐く構えだ。
回避しなければならないが、魔王に手を踏まれているために動けない。
万事休す、か。耐性無効でHPを4桁吹き飛ばすドラゴンブレス。『魔力のローブ』は店売りの中ではの魔法防御力を誇る防具だが、この炎の息の前には無力だろう。一瞬で消し炭になる。
私のHPがどのくらいあるのかは正確にわからないが、『個人レベルの防御障壁で防げない』という設定が優先されているとしたら、どう考えても防げまい。終わりだ。
魔王の攻撃を待つまでもなく、ブレスを受ければ私は消え去る。
「くっ!」
私は踏まれていない手を伸ばして、竜に向ける。全力での防御障壁を展開する。
『エギナ』における、魔法使いの行える『防御』だ。全魔力を注ぎ込んだ防御。踏まれている手はマジックドレインを撃つ。勿論魔王に向けてだ。
「おぉ」
魔王がわずかに呻く。直接相手の体にマジックドレインを撃ちこみ、強引に魔力を奪い続ける。レベル4000相応の魔王だ。魔力もほぼ無尽蔵に持っているだろう。それを根こそぎ奪ってやる。
そして奪った魔力をそのまま、『防御』につぎ込む。これで個人レベルの防御ではなくなったはずだ。
不本意だろうが、魔王の魔力も奪って障壁の形成をさせているのだから、二人分の防御になっているだろう。これなら防ぎ得るかもしれない。
そのような楽観的なことを考えた瞬間、魔竜がブレスを吹き付けてくる。
石材が融解しそうなほどの熱風がその場を突き抜けた。
ほんの数秒ももたず、私が展開していた防御障壁は吹き飛ばされた。魔竜の力は伊達ではない。
障壁が飛んだ瞬間、私は思考する間もなく消し炭になるはずだった。
だが、死なずにすんだ。魔王が巻き込まれることを恐れて、魔竜に手加減をさせたのだろうかと思ったが、違う。
援軍が来たのだ。それも、全く予想しなかった援軍が。
「カリナ、無事ですか」
この場に全く不似合いな、ヒラヒラとしたエプロンドレスを纏った女。
メイドだった。




