28「宣戦」
「お前は伝承を忘れたのか。そしてこの伝承の中に真実がある、と記したことも忘れたのか。
世界の憎しみから生まれるものがこの魔王であるとお前自身がそのように設定したのだぞ。ゆえに、お前と、『エギナ』の強い憎悪からこの魔王が生まれ出でた。
サークルの者たちが共有していた世界観に基づいた、インナー・スペースにおいてこの魔王は降臨したのだ。
そして伝承に基づいて、勇者がここに呼び込まれたというわけだ。ここまではお前の頭でも理解できたか」
「いや、全くだ」
私は魔王の説明に首を振った。理解したいとはあまり思わなかったが、かなり重要なことのようだ。
しかし魔王のほうでも喋りたくて仕方ないらしい。どうやら彼は、自分の綿密な計画を誰かに話さずにはいられない性質か。いや、確か誰かがそんな設定をしていた気がする。最終ボスが今までの事情をベラベラ喋って説明してくれることへの理由付けとして。
「では、まず『この世界』が何なのかを知らねばなるまいな。
カリナ・カサハラ、お前が呼び込まれたこの世界は、無数にある『世界』の一つだ。
まず、こうした世界は真に無数にあり、日々その数を増やし続けているということを理解してもらいたい。それこそ、お前たちのような暇をもてあました知的生物が少し頭の中で考えただけのような舞台設定と物語が、『世界』として確立され続ける。創造されているのだ。本人の全くあずかり知らぬところでな。
この『エギナ』の世界もそれと同じで、ここはサークルの仲間たちが共有して創造していたゲームに基づく世界であり、今まさにお前がテストプレーをしようとしていたところ、の世界だったのだ」
「ほう」
無数の世界。それはさぞかし面白いことだ。
魔王の言っていることが本当だとしたら、某所に投稿されている小説の世界だけでも240,000ほどが存在するということになる。各人の頭の中、手帳の隅、ともなればもう確かに無数としかいえないほどの数になることだろう。
「世界はそれを想像したものがその世界に携わることをやめたときに、独立する。
全てがその世界に残された者たちのみで、動くようになってゆくのだ。都合の良い逆転劇などよほどのことがなければ生じず、環境問題も当然発生する。疫病も蔓延するだろう。
だから崩壊し、消えていくことが多い。想像した者が『設定していた』以外の都合よい補正はおきない。
そのままうまく世界が永続することもあるが、破綻して消滅する世界も相当数ある。この魔王はそれを知っている」
「で、この世界も独立してしまったというわけか」
「そうだ。サークルの仲間全てがこの世界に携わることを放棄したからだ。
お前が酒を食らっている間に、サークルのメンバーに連絡がいって、その全てが『エギナ』の開発存続を諦めた。ゆえに、この世界は独立を果たし、お前と『エギナ』自身の憎しみによって魔王がここに生まれたのである。
憎しみが強いほど、また憎しみを抱いた者が偉大であればあるほど、強大な魔王が生まれるとお前は記述していた。だからこの魔王は実際、非常に強い。お前が見たとおりの力をもっている」
「むむ」
魔王は少し早口で、私は理解が追いつかなかった。適当に相槌をうつ。
「お前自身の憎しみから生まれた私は、テストプレー途中で放置された『世界』へと飛び込む形になった。サークルメンバーの仲間たちが想像していたものと、彼らの共有していた世界観をベースにして、私は『エギナ』に関する世界を全て統合したのだ。
開発者であるお前の知らぬ設定が多数この世界に存在していたのはそういう理由だ。この魔王が意図的にそうしてやったのだ。
わざわざ、勇者が非常に強いテストプレーの世界を選んだのも、あえてのことだ」
「世界を統合だと。お前にそんな力があるようには見えないが」
「この世界が独立するよりも先に、お前と『エギナ』は強く憎しみを抱いたのだよ。身勝手に犯罪行為に走り、自分たちの力作を世に出られなくしたあの男にな。
つまり、そのとき私は生まれ出でた。『エギナ』に想像された私が、世界の独立に際して手出しできないとなぜ思う」
「何? 何を言ってる」
ますます理解が追いつかない。世界が独立するより早く魔王が生まれた?
地球があるより早く人間がいたような感じである。理解などできようはずがない。ではどうするか。思考を放棄、これである。
確かに魔王は研鑽を積んできたというとおりに非常に強いだろう。だがパワーロッドとマジックドレインで倒せない相手ではないはずだ。彼の言うことが本当であるとしたら、元々対等の力を持っている、と言っていたから勝負にはなるだろう、多分。
私は異常な力をあふれさせている魔王に向けて、パワーロッドを握り締める。
だが彼は、それを相手にしない。
「まあいい、一つだけ疑問を投げてやろうカリナ・カサハラ。どうして私がテストプレーの世界をベースにして、お前をこの世界に呼び込んだと思っている。
そんなことをしても、自分が不利になるだけだとは思わないのか?」
「む、それはそうだな。お前もおろかな選択をした」
「魔王を倒したとき、どういうテロップがでるように設定したか忘れたのか」
テロップ。
そうだ。倒したときには魔王との戦いを振り返るテロップが出る。エンディングに突入する前に、だ。
その文面は、どうだったか。かなり記憶が薄れている。
「魔王の力は強大だったが、勇者はその力によく追随した。まさしく激闘であり、鍛えた勇者の力も魔王を上回るには至らない。
だが、長き戦いの果てに勇者は魔王を討ち果たす。
つまり、勇者が強力であるなら当然、魔王もそれに見合うだけの力をもつことになる」
「……設定どおりにいくならお前は倒されるのだろう?」
「設定どおりならば、だ。繰り返しになるがこの世界は既に独立しているのだ。それに、物語の進行予定と『設定』は別のもの。
そもそもその『互角』であるという『設定』も、お前がここに来たとき、既に消化されているのだ」
なるほど。なるほど。
魔王の言うことが本当だったとしたなら、生まれたときに私と魔王は互角の力。そこに『設定』がはたらくことを見越してヤツはテストプレーを始める途中だった世界をベースにしたのだ。
50レベルもあれば魔王を倒して世界を救えるようなこの世界で、4000レベルを備える勇者と同等。魔王はこの力を手にするためにこれを選んだのだろう。
「だが私もこの日まで無為に過ごしてきたわけではない。
武器と、魔法をもってお前を倒すために力をつけてきたつもりだ」
敵はあまりにも強い。恐ろしいほど強いが、私だってレベルカンストのテストプレーヤー様である。
魔王はこの世界に精通しているかもしれないが、開発者である私にこの世界でどう立ち向かうつもりなのか、むしろ見せてもらいたいくらいだ。
と、私は自分を奮い立たせる。
「声が震えているぞ、勇者。
貴様をこの場で粉砕し、この力で『エギナ』の世界をとこしえに支配してやる。何、この魔王が世界のことはまかされてやる。
用済みの創造主よ、消え去るがいい」
「残念だが、私は勇者だったつもりはない」
「では、何様のつもりかな」
魔王は両腕に魔力を集中しながら、私に問いかけてくる。
パワーロッドを眼前に構えてブーツの底を踏みしめ、私は強く宣言した。勇者でないなら、私が名乗るべき称号は一つしかない。
始まりの村を統治し、ヤフマーたちを脅して放逐したのは、紛れもなく。
「我が名は、霧の王!」




