27「対峙」
完全に私の魔力が底をついた場合、霧の魔法が解けてしまう。そうなったらこの無限とも思えるような物量の魔物たちから袋叩きにあうことは間違いない。そこまでいけば、いかにレベルカンストとはいえ確実に殺されてしまう。『エギナ』でもこれだけの量の魔物を同時に相手はできない。そういう仕様であるし、敵が戦力を小出しにしてくれるからでもある。
だがこの鉄橋は違っている。
魔王軍は全力で私を殺しにきている。彼らも滅ぼされるのはイヤなのだろうか、決死の抵抗だ。
このままパワーロッドを振り回し続ければ簡単に私の死が確定してしまうくらいに。
そこで、こんなときのための魔法であるマジックドレインを放つ。大多数の敵から魔力を奪い取ったが、それでもまだまだ足りない。全回復には程遠い。魔力を回復する怪しい薬品も使う。こんなときに何か飲み物が飲めるものか。そんなヒマもないくらい、周囲は敵だらけだ。霧の魔法を見破る魔物がいつ、出現するかもわからないので気を抜けない。しかしそうもいっていられないので無理やり咽喉に流し込む。
少し戻った魔力を使うために、私は飛び上がる。空の敵はまだやってこないので、いまのうちに空から地上の敵をなぎ払うことに決めた。
「爆炎の呪文!」
使い勝手の良い初級の範囲魔法を集中させる。
私の魔力を乗せたこの魔法は、通常のものよりも効果が数倍近くになっているはずだ。終盤の敵にも通用する。
目標である地上の軍勢を、魔力をのせた指先で指し示す。
瞬間、放出された魔法は鉄橋を揺るがす。吹き上がる巨大な炎、水面すらなめる爆熱。200近い魔物がこの爆破に飲まれたはずだった。
鉄橋が歪み、軋みさえ生じた。だが、それでも敵は私を探し、攻撃を仕掛けてくる。霧の魔法で視界を奪われていても、今の魔法から私の位置を予測したのか、矢まで射掛けてこようとする。
だが、私にまでは届かない。もう一発お見舞いしておくべきだろう。私は同じ魔法を鉄橋にお見舞いした。
次はマジックドレイン、薬、そしてまた範囲魔法。
鉄橋はゲームでは破壊される心配などなかったが、ここでは違う。撃ち続ければ壊れるかもしれない。
ひたすら同じことを繰り返す。自分が何をしているのか良くわからなくなり始めた頃に、敵が倒れた。屍の山が築かれて、何一つ残らない。
焼け焦げた死体ばかりが残って、経験値は勿論お金なんかもそこに見当たらない。本当に、死体しかない。
空しさしかない、なんてものじゃない。
用意していた薬なんかはもうない。全て使い果たした。魔力はマジックドレインを繰り返したおかげで枯渇を免れたが、疲労しきっている。地上に降りた途端、崩れ落ちそうになったくらいだ。
なんてことだろう。こんなにも厳しい。魔王を守る最終防衛線というのを、私はあまりにも侮っていた。
陸・海・空の全ての師団を撃退したと思えば、このような疲労はどうでもいいことに成り果てるのかもしれないが。今から二日以内に魔王のところに行かなければ今、必死の思いで討伐したこの魔王軍が全て復活する、かもしれないのだ。
ともあれ、どうにかこうにか。この防衛線を突破した。
あとは魔王と戦うだけである。ゲームではタイマン勝負なので恐れることはないのだが、ここでは親衛隊がいるかもしれない。用心していくべきだろう。
霧の魔法で敵の視界を完全に潰していたはずなのに、それでも私の体は傷だらけだ。ローブにはたくさん穴があいていることだろう。ドレインダガーで敵から体力を吸収しても、それらの傷は直ちに治らない。回復魔法のように治ってはいかないらしい。
傷口の処置が必要だ。しかし、自分の力を過信していた私は包帯などの救急セットを持っていない。魔王軍のものを奪うこともできたが、人間に毒だったらどうしようかと考えてしまい、結局使うことはしなかった。
崩落寸前の鉄橋をわたった。魔王の根城である古城が見えている。
諸般の事情によって、私は穴だらけのローブでそこに向かうことになるだろう。着替えているヒマも余裕もない。
少し体力の回復を待ちたかったが、敵の襲撃が怖い。怖いのだ。
驚異的な物量だった。人海戦術などという言葉があるが、あれの意味を私は今日やっと思い知った。二度と味わいたくない。
霧の魔法を維持したままでは、魔力が自然回復しない。物陰に隠れてから霧の魔法を解いて魔力を回復させる。きつい。魔力の回復などより疲労の回復が先ではなかろうか。
どうやらこの『疲労』という部分に関してはドレインダガーで回復しないらしい。多少は楽になっているのだが、どうもそれは肉体的な部分に限られているのではないだろうか。精神的なところには作用してくれていないらしい。こうした乖離が私を余計に追い込んでいる可能性もあろうか。
いやそんな考察はどうでもいいだろう。とにかく休息が必要だ。
不思議なことに休息している間は、魔物が襲撃してこなかった。すっかり私の魔法で殺し尽くしてしまったのか。それとも魔王が戦力を温存しているのか。
いずれにしても、私の魔力はほぼ回復させることができた。出発前にターナが私に持たせてくれたお弁当も広げようかと思ったが、さすがに敵地ではまずかろう。
万全の状態ではないが、戦える状態になった。行こう。
私は魔王との最終決戦地に向かって歩いた。
ここでも、特に襲撃されるようなことはない。不思議だとは思ったが、歩みを止めたりはしない。どうあっても、私はここで魔王を滅ぼさなければならないのだ。
そうして私はこともなげに、魔王と対面するに至る。
城の奥。
『エギナ』で見たままのマップで、見たままの玉座に腰掛け、魔王は私を待っていた。
「ようこそ、勇者」
彼は低い声でそう言い放って、ゆっくりと腰を上げた。見た目は壮年の貴族。少し華美な衣服も、黒いデザインであることを除けば異常であるとはいえない。だが、この男はその瞳の奥に言い知れない闇と悪を抱えている。
この世の全ての憎悪の具現。憎しみの王。魔王だ。
私は、一目見て彼を恐れた。恐れるほどに、魔王から放たれる魔力が強烈だったからだ。
確信した。こいつは、強い。
『エギナ』の最終ボスだった魔王などとは次元そのものが違う。こいつと比べればゲームでの魔王など羽をもがれたコバエにも等しい。
この魔王は、やばい。間違いなく、私を殺しうる強さをもっているだろう。まともに戦えばどちらが倒れても不思議ではないと思えた。なぜだ、という疑念さえ一瞬湧かなかったほどだ。
「魔王軍の総力を結集すれば数の力であるいはお前を殺せるかもしれぬと考えたが。切り抜けおったか。
やむない、お前はこの魔王自らが殺してくれよう。お前の役目はもう終わったのだ」
このような台詞を言った。魔王は、私の目を見据えている。
お前の役目、と。彼は言った。
「私の役目、だと」
「ああそうだ。お前はこの世界を作ったくせに、細かいところをろくに覚えていないらしいな。だがそのおかげでこの魔王も好きにこの世界を動かすことができたのだから、文句を言うこともなかろうが。
カリナ・カサハラ。お前は何故自分にそれほどの力があるのか考えたことはなかったのか?」
問答を楽しむように、魔王が問いかけてくる。
このような会話をしている余裕はない。私はただ、魔王を殺してこの場から逃げ出さねばならないのだ。ターナと暮らしていくために。
そう思っているのだが、足が動かなかった。
「魔法使いは、つまりお前は、この魔王と相討ちとなって死ぬのだろう。お前自身がそのように設定をしたはずだ。覚えているのだろう。
お前はそれを強大な力によって踏み潰そうと思っていたのだろうが、残念だったな。
ここでは数値上の設定などよりも、物語上の設定が優先されるのだ。
ゆえに、この魔王はお前と同等の力をもって生まれた。生まれてからも研鑽につとめた。結果が、今ここにあるというわけだ」
「物語の設定だって。何故お前がそれを知っている」
「なぜか、か。たった今、それを説明したばかりだというのに。人間は理解が遅いな。こう言ったではないか。
『この魔王はお前と同等の力をもって生まれた』、と」
自分の目が、勝手に見開かれてしまった。
あまりにも予想外の言葉だったからだ。この、私の目の前にいる魔王は明らかに私の知っている魔王とは違う。存在そのものが違う。
強さの次元が違うという段階ではない。




