26「鉄橋」
ターナをメイドに預けて旅立った。
空を飛び、邪魔者はテレキネスとパワーロッドで吹き飛ばし、一時間もしないうちに私は魔王の本拠に近づいていた。
ここは魔王軍の最後の砦。人間には不要と思われるほどの大きさの鉄橋がある。だいたい、瀬戸大橋くらいの大きさだと思ってもらえればいい。この鉄橋は魔王の元に続く唯一の道であり、最終防衛線でもある。つまりはここを突破すれば、魔王の城というわけだ。
ここを飛び越えていこうとすると、魔王空軍の総攻撃を受けることになる。
水中から行こうとしても、魔王海軍の総攻撃。橋を素直に渡ると魔王陸軍の総攻撃が待っている。
どのルートを通ったとしても、最後には全ての師団がプレイヤーに襲い掛かってくるようになっている。最初に来る軍団が違うだけだ。本来空から行くルートはないが、最終的には空軍がやってくることになるから、空軍がやってくることは容易に想像できる。
となれば、素直に鉄橋を渡るしかない。水中や空中での戦闘はプレイヤーに不利としかいえないからだ。水中では動きが鈍るし、息継ぎができなければ死ぬ。空中で戦うのは慣れていない上、何かの具合で意識を失えばその瞬間、墜落死が確定してしまう。戦闘中に意識を失えば死ぬというのは空中戦に限った話ではないが、空の上では殊更その危険がある。わざわざリスクを高める必要はない。
では、行こう。
このふざけた『エギナ』の世界ともこれでお別れだ。魔王を滅ぼして、プレイヤーキャラの役目は終わる。
パワーロッドを右手に抜いて、左手にドレインダガーを握り、鉄橋に足を踏み出す。
魔法による警報が魔王軍全軍に響き渡っていることだろう。鉄橋が埋まるほど、魔物たちがこちらに向かってやってくる。すごい数だ。
『エギナ』においては彼らがプレイヤーに一斉に襲い掛かってくるようなことはなく、兵を小出しにしてきてくれる。一度にやってくるのは精々、20体くらいであり、それを範囲攻撃で蹴散らしていけば多少レベルが足りていなくてもどうにかなる仕様だ。
戦士の場合は斧を振り回して敵を蹴散らすのが常道だろう。実際私もそうしてクリアした。
範囲攻撃に乏しい盗賊の場合は非常に辛いところだが、罠を駆使することで切り抜けられる。爆破罠で敵をたくさん巻き込むと効果が高い。
僧侶の場合盗賊より厳しいが、魔法力を最大まであげていれば最強の聖属性魔法により敵を紙くずのように破壊できる。そうでない場合も少しずつ敵を削っては離脱して回復という戦略を繰り返せばこえられるだろう。
魔法使いの場合は本領発揮というところであり、魔力を回復させる薬をがぶ飲みすれば簡単に押し切れる。対多数の戦いならまさに得意分野である。
だがここはゲームの世界ではない。
鉄橋を敵が埋め尽くしている。水軍も、空軍も陸軍に少し遅れているがやってくるだろう。
いかにレベルカンストであるとはいえ、気を抜けば死ぬかもしれない。
この膨大な数の敵に殴られれば、体力を削りきられてしまう可能性は高かった。まさにここが正念場、激戦必至。
ただしそれは、普通に正攻法で戦った場合だ。
「『霧の王』は、正面からお前らとは戦わないのだ」
有り余る魔力をつぎ込み、私は全力で霧の魔法を見舞った。鉄橋は凄まじい霧に覆われ、一寸先も見通せないほどになる。
そのまま私は橋を渡り続ける。ありったけの力で走りながら、霧の魔法を展開しながら。
鉄橋を覆い尽くすほどの霧を生み出すのはきついが、戦闘可能領域、魔法の射程範囲内くらいなら余裕で霧に包むことができるだろう。
これで敵は、私の位置を正確につかめない。当初の予定通りの戦略だ。
飛び出してきてしまった重量級の敵戦士が狼狽している。岩石で構成された体を持つ巨大な戦士。ゴーレムと呼ばれている巨人だ。私は霧に視界を奪われている彼を、パワーロッドで打った。
爆弾でも爆発したかのような凄まじい打撃音が響き、ゴーレムが殆ど真横に吹っ飛んだ。打ち据えられた部分から砕けながら、一直線に彼は味方の密集地帯に飛び込む。その衝撃だけで、魔王軍の兵士たちが何名も砕け散り、体重の軽いものは空の彼方へ吹き飛んでいってしまった。
霧の魔法の効果は絶大だ。彼らに気づかれないうちに、滅ぼすことができる。遮二無二パワーロッドを振り回しているだけで敵はもう半壊だ。バラバラになったゴーレムの破片はそれだけで十分すぎる武器となって、周囲の魔物たちを害した。
私はテストプレイヤーであり、彼らを排除して魔物を滅ぼし、エンディングにバグがないかどうか、確かめる必要があるのだ。実際、そうだったのだ。
敵から不可視であるのをいいことに、徹底的に私は魔物を殺しまくった。パワーロッドだけで十分すぎる。すべての敵は一撃で砕け、粉砕されて散っていく。これ以上ないほどのパワーだった。
僧侶の最強聖属性魔法であろうとも、ここまでは強くない。しかも、霧の魔法の有用性に気づいたおかげで、盗賊のように敵に気づかれることなく行動できる。戦士のように打たれ強くはないが、十分すぎるほど強いといえる。まあ、魔王といえどもおそらくこのままいけば楽勝だろう。
そんな風に私が思っていたのも、戦いが始まってから60分程度の間だけだった。
あまりにも敵が多かった。
その事実に私は気づき始めている。あまりにも、そうあまりにも多い。60分間休まず敵を倒し続けたというのに、まったく敵が減ったように感じないのである。
まるでたった一人で国全てを相手にしているようだ。実際そうなのだろう。魔王という王が統治する闇の国全てを、カリナ・カサハラは一人で相手にしているのだ。そういうことを、私は完全に考えていなかった。『エギナ』と同じだから余裕だろうとタカをくくっていたのである!
魔物など、ハエや藪蚊のように湧き出てくる。いくら殺しても殺しても、減ることがない。『エギナ』では魔物も殺してから二日も経てば、再度同じ魔物が出現する仕様だ。これがこの世界においても何らかの理由で再現されているのだとしたら、もうたまらない。時間をかけてじっくり敵を減らして攻略するということもまったく不可能になってしまう。
ドレインダガーで敵から体力を奪うと少しは楽になったが、パワーロッドを乱用すると魔力が枯渇して肉体にすら疲労が及ぶ。
そう、レベルカンスト状態であるはずの私の魔力が枯渇してしまったのだ。パワーロッドは使用者の魔力を打撃に変えている。あれほどの打撃力を発揮する最強の武器は、見事に私の魔力を削り切ってしまったのだ。この状態でもし、敵のマジックドレインを食らってしまったら間違いないなくまずい。精神ダメージを受けて死んでしまう。
実際、精神ダメージでの死がこの世界でどのように再現されるのかは不明だ。いわゆるSAN値、精神力がガリガリ削られて廃人や狂人になってしまうのか、あるいは魔力の暴発で物理的に肉体が損傷して死に至るのか、それはわからない。だがなんにしてもよい結果にならないことは明白だ。
まずい、あまりにも、まずい。
カリナ・カサハラはあまりにも浅慮な選択をしてしまった。もう少し敵の戦力を知ろうとするべきだったのだ。
己を知り、敵を知れば百戦危うからず。この場合はそのまったく逆をしてしまったのである。
霧の王は、苦戦しているといえた。




