25「委託」
「またあなたですか」
メイドがため息をつきたいような顔で、私を出迎えた。まあ仕方あるまい。
ターナを連れて村長の屋敷に戻り、メイドに預けようとしたわけだ。孤児院に入れるようにすれば、何も問題はないだろう。
私はあのあと、ヤフマーとウィナンを徹底的に追い込み、全ての犯行を自供させた。同時にターナを投獄した連中も裏で脅しをかけたところ、金を積まれていたことを白状した。これらは全て上層部に『霧の王』の名で報告し、暴露してある。つまりもう、ターナは自由の身だ。
とはいえ母親を亡くしてしまったわけであるから、これから先を生きていくことができない。そこで私が引き取ることにした。始まりの村にある孤児院は実質、私のものだ。そこで預かることにすれば、ひとまずは不自由なく暮らしていけるだろう。少なくとも、魔王討伐の旅に同行させるよりは。
「とりあえず、この子をあずかってください」
「孤児ですか。それとも、あなたの隠し子」
「そんな冗談に付き合っている暇はなありません。事情を説明します」
村長の屋敷は、大体修復されて綺麗な状態になっている。その一室で、私とメイドは向かい合って座り、私の隣にはターナがいる。
ターナはメイドの鋭い視線に少し怯えているようだが、健康状態には問題ない。
『牢獄』と『館』であったことをメイドに説明し、ターナを預けたい、と繰り返した。
「ずいぶん、懐かしい名前が出ましたね。ヤフマーとウィナンですか。
しかし今の説明ではまだわからないことが一つあります。カリナ、あなたはなぜ投獄されたのです」
「それもウィナンとヤフマーが手を回していたようで。孤児院にいて、将来売り払うつもりだった女の子。そうしたことで彼らは私を知っていた。
で、適当に罪をでっち上げて投獄し、あとからそれを買い入れてしかるべきところに売るというつもりだったらしいです。
そのまま掻っ攫って売り払うよりもリスクが少ないのだとか。マネーロンダリングみたいですね」
「マネー……なんですって?」
「いえ、わからないなら別にいいです。それより預かってくれるのでしょうね」
メイドは頷いた。
「それは当然です。カリナ、あなたのおかげでこの孤児院への援助は過大なほど多額です。
一人増えたとて、特に問題なく運営できるでしょう。この程度の問題に対処できないようでは孤児院とはいえますまい」
「そう。それはありがとう。ところで、あなたはヤフマーやウィナンに思うところはないのですか?」
「私はメイドですが、ウィナンという人物には職務から忠実真剣にお仕えしましたよ。ただ、個人的な感情から言えば複雑に思っています。孤児院からお金で売られたことは確かですが、待遇はよかったですから。無理やりに襲われる、ということもなかったですし」
「な。まさか夜のお勤めがあったのですか」
「カリナ。身辺護衛に身の回りの世話。これにそうしたことが含まれると思っているのですか。少なくとも私は一度もしていません」
そうか。それなら少し安心だ。
どうして安心、と思ったのかは自分でよくわからないが。
「それで、ヤフマーは?」
「そのまま収監されたのでしょう。それならよかった、と思うだけです」
「殴ってやりたい、とかは」
「私も人間ですから、少しはそう思います。私のことはどうでもいいでしょう、昔のことです。
直近の被害者であるターナはどう思っているのか、私はそちらのほうが心配です」
確かにそうだろう。
ターナが母親を亡くしたのはつい、何日か前のことだ。心の傷も大きかろう。
「ああ、両親のカタキはしっかりとりましたが。多分まだ心の整理はついていないでしょう。
少し私が見ていてあげたいのですが、色々と都合がありまして」
「なるほど、ターナもまだ幼い。であるなら、彼女よりもあなたです、カリナ。ターナはあなたを姉と慕っている。
この子のためと思うのなら職を探し、一つ所に腰を落ち着けてはいかがです」
「どういうことです」
「あなたは若いので多少のことはいいのですが。これからも各地で子供を拾ってはここに預けに来るというようなことをされては困ります。
いつまでもフラフラしつづけているつもりなら、忠告させていただきますが」
どうも勘違いされている。私は後頭部を掻き毟った。
「いえ、大丈夫です。次の旅から戻ったら、もうどこかに行くことはありません。ターナと一緒に暮らすつもりです。
ここへは、一時的に預かってもらえないかと相談に来ただけで。私にとっても、あなたは頼りになる『姉』なんですから」
これは本当のことだ。私はレベルカンストのテストプレー状態であるが、この世界の細々とした部分に詳しいのは間違いなくこのメイドであり、気兼ねなく話ができる希少な存在である。また年上でもあるし、このメイドに『姉』というところを求めていることも間違いない。
メイドはふむ、と頷いた。
「そうですか。次の旅というのは何の目的で、どこに行くつもりなのですか。
それと、何時ごろ戻ってくるのです。それだけはっきりしてくださらないと。困りますね」
「魔王を滅ぼしに。5日ほどかかる見通しです」
「旅というよりも旅行ですね。魔王を殺すというのも、あなたの力なら考えられないことではありませんが」
驚かない。魔王というものの存在について確認すらしない。
メイドはどこまで何を知っているのだろうか。始まりの村にこんな理解のあるNPCを配置した記憶はない。こんなに強いNPCも。
「私も魔王については知っています。勇者と魔王の伝承は、あなたもご存知でしょう。
カリナ、あなたの力は勇者といってもよい。ともなれば、魔王もどこかで力を蓄えていると予想される。
あなたが旅立つことを止める理由はない。5日という短期間も、あなたの自信の表れと私は考えています」
ああ、伝承。そういえばそんなのもあった。
クオードに確かめたところでは、説明書にも劇中にも登場しない、設定だけの『伝承』が確かにこの世界にも伝わっていた。だから、私もこの世界が『エギナ』の世界であると確信できたのである。
「いいでしょう、いってらっしゃいカリナ。
私はあなたの居場所を確保する。いつでもあなたの味方になる」
やはり、メイドは実に頼れる。
私はこれで、心置きなく魔王を倒すために彼の本拠に行くことができるだろう。




