24「落涙」
この女がヤフマー!
まさか、そんなことが。
あまりのことに私の思考は一瞬、停止した。ヤフマー、それはシュトーレが売られてしまうはずだった犯罪組織の親玉だ。村長も手を焼いている盗賊の首領だ、とクオードは私に説明してくれた。だがまさか女だったとは。そしてそれが、自称冒険者に成り下がっているとは。
そうか、ウィナンが着の身着のままで追い出されてからわずか9年でここまで成り上がっていることが不思議だったが、それはヤフマーが支援をしていたのか。村長と結託して人身売買を思うままにしていたほど、頭の切れる盗賊組織を束ねていた首魁だ。あちこちで盗み出してきた財を基にしてウィナンを再び表舞台で活躍させていたのだろう。
私やメイドも、今まで商人の名として「ウィナン」というのは聞き及んでいない。この館を使っている悪徳商人のは「ナフティ」だということになっていた。要するに偽名を使っていると、そういうことで間違いあるまい。
ヤフマーの組織も9年前に私が散々暴れまわって殆ど崩壊していたはずだ。首魁を倒した記憶はないが、あの霧の中でそれと知らずに殺したのかも、と少々楽観的に考えていた。たとえボスが生きていたとしても、組織の構成員は8割以上死ぬか大怪我をしたはずなので警戒するに当たらないと判断していた。実際、それ以降ヤフマーの被害を聞くことはなかったから、余計だった。
しかし彼らは悪徳商人に身を変えたウィナンの元に身を寄せ、金次第で何でもやる冒険者としての隠れ蓑を着ていたわけである。
「大丈夫だ、心配するな」
ヤフマーはつらそうにしながらも剣を床について立ち上がる。
彼女もかなりの腕前なのだろうが、このレベルカンスト状態のテストプレイヤー、『霧の王』に勝とうというのは無理がある。
希望を持たせてもかわいそうだろう。私はテレキネシスで椅子を飛ばし、ヤフマーを何度も打った。四度目の攻撃で、彼女は血反吐を吐いて床にへばりつく。所詮は常人である。
「げぼっ」
「ヤフマー! おい、ヤフマー」
ウィナンがすがるような声を出すが、返事はない。ヤフマーがいかに強くとも、この怪我では立ち上がれるはずもない。
あばらや鎖骨が折れ、恐らく片足も砕けているだろう。叫びださないだけでも大したものだ。
「カリナ姉」
意識を失ったか、動けなくなっているヤフマーを見下ろしているとターナが私の袖を引いた。
「どうかしましたか」
「あの人、しんだの」
「死んではいません、骨折はしていますが。平気ですよ」
悪人ではあるが、ターナの目の前では殺さない。
「ちょっと、怖い」
「わかっています。目を閉じて耳を塞いでいても構いませんよ」
「ううん、だいじょうぶ。カリナ姉がいるから」
うわ、あざとい。けどかわいいこと言う。
私はターナの頭に左手を置いて、彼女の髪をくしゃくしゃにしてしまった。だってかわいいのだもの。
そんなことをしている間に、ウィナンはヤフマーが死んだものと思ったらしい。残り二人の冒険者に、霧の王を殺すように必死に檄を飛ばしている。
「カネ、カネならいくらでもくれてやるっ! 早く! 早くそこにいる霧の王を殺してくれ。
すぐに! 早くこの霧を晴らしてくれ!」
まあ彼からはヤフマーがどのようにして敗れたか見えないのでこうなるのも無理はない。しかし、9年前にされたことを忘れたのか、懲りない奴だ。
だいたいからして考えが甘いのだ。このように一度ウィナンを見逃したことで、惨禍を招いたのである。となれば、どのような愚か者であろうとも二度と彼を生かして帰すようなことをするはずもない。殺すことはしないとしても、二度と再起できないように追い込む必要はあろう。最低でも10年は収監されるように。
それ以前に、霧の中で動けるような人間があろうか。私はあえて彼らがどのように動くのか見守ってみたが、やはり私の居所さえつかむことができていない。
ウィナンがいかにほえようとも、ヤフマーの仲間二人は、剣を握りしめて周囲を見回すばかりだ。どこから霧の王が襲い掛かってくるのかと、恐れている。
「む、無理だ。こんな霧の中で戦えるわけがねえ」
一人が弱音を吐いた。もう一人はそれを注意したいようだが、できないでいる。この状況を打破する方法が思いつかないからだろう。
そのまま放置してもよかったが、何かの間違いでターナを害されても困る。私はテレキネシスで二人を吹き飛ばし、お互いに激突させてやった。結構な速度がついていたので、骨折はしただろう。二人は呻いたまま起き上がらなくなった。
私はターナの手を引いたまま、がくがく震えているウィナンの前に進み、告げてやる。
「さて、ウィナン。お前は多くの人々を害し、ヤフマーをつかってクオードを殺し、そして先だっては彼が必死に逃がした妻子をも害したな。
ことここに至って、この霧の王に何か釈明できることがあるのなら聞いてやろう。なんなりと言うがいい」
「霧の王、私は村を救うためにやった。お前と意見の相違はあろうが、私なりに村のためになるように努めていたのだ。
クオードを排したのは非難されるかもしれんが、ほかの多くを救うためにやむをえないことだった。
い、いいか。奴は余計なことを調べていた。ここにいるヤフマーは近隣から金銭を徴収して村に届けてくれる盗賊であるが、彼らからの援助なしにどうしてあのような小さな村がたちいけた? ましてやあのような無駄飯ぐらいの多い孤児院をや。あの村にいる多くの人々を救うために、孤児院の子供たちをヤフマーに売り渡していたことは、なるほど悪かもしれない。だが、そうしなければあの村は滅んでいた。そうしないために必要なことだったのだ。
そうしたことを理解したうえで、霧の王は私を責めるのか。あるいは、村長であった父を」
悪徳商人の本領発揮か。言い訳は長い。
ウィナンは自分にも理があって、やっていたことなのだと訴えてきている。釈明があるならといったがここまで長いとは思わなかった。
しかしそうした言い訳を聞いた私の言葉は、短い。
「言いたいことはそれだけか。
そんな薄っぺらな理論で、一人残されたクオードの娘が救われると本気で思っているのか」
「き、霧の王。何の犠牲なしに誰かを救うことなどできるはずが」
「お前の言っていることは、釈明ではない。
私の仕置きから逃れようとして、たった今お前の脳内で組み上げられた逃げ口上にすぎない。
だから、私はお前を許さない」
部屋の中の霧を解いた。
ウィナンの前に、14歳になったカリナ・カサハラの姿があらわになる。そして、12歳になったターナ・キラムスの姿も。
これを見たウィナンが驚愕に目を見開くが、彼の反応など関係がなかった。すべては断罪されるべきだった。
「私が霧の王だ」
きっぱりとそう告げると、何か思い出したらしいウィナンはがっくりと項垂れてしまった。
心が折れたのか。振り返ってターナを見ると、ぼろぼろと涙をこぼしていた。ウィナンに同乗しているわけではないだろう。クオードのことを思い出しているのかもしれない。
彼らを痛めつけてゲロらせるのは、彼女が見ていないところでしなければなるまい。




