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霧の王  作者: zan
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23「霧の館」

 館の中は騒がしい。当然だろう。

 いきなり濃霧に包まれて、わずか先も見通せない有様なのだ。これほどの霧を体験したものはいまい、始まりの村で村長の家にいた人間を除いては。

 当然ながら、立ち入る前から速攻で食らわせたわけだ。もう建物の内部は視界ゼロメートルだ。ざまあない。

 これには目的の人物たちが逃走することを防ぐ目的もあるのだから、そう簡単に解除されては困る。自称とはいえ『冒険者』であるから、霧の魔法を見通すほどの力を持っていないとも限らないが、そうだとしたらメイドに匹敵するほど強いということになる。

 しかしこれも心配に及ばない。もしもメイドクラスの能力を持っているのだとしたら、ターナの母親を殺したときに長椅子の下にいた彼女に気付かないはずがない。だから、彼らが逃走する可能性は非常に低い。

 念を入れるなら一旦始まりの村に戻って、メイドを連れてくればよかった。彼女にならターナを任せられるし、目的の人物がたとえなんらかの方法で逃げたとしても、うまく捕まえてくれることだろう。だが、そうはしたくなかった。ターナは自分の力で守りたかった。

 この『館』に攻め入ることによって、彼女は救われるだろう。私がなんとしてもそうする。

 既に魔王の拠点に攻め入る準備は終わっているので、そちらを片付けてからターナを何とかするという方が賢いといえなくもない。世界の危機と、たった一人の女のこの危機。さすがにこれを天秤にかければ世界が重いに決まっている。

 しかし、ここはターナを選んでおきたいところだ。私としては、そうだ。


 言い訳のようになるが、あらためて説明するまでもなく、この地が攻め滅ぼされるのは994日後であって、今ではない。

 世界はここまで、私に『エギナ』に組み込まれた設定どおりにやれと訴えてきている。向こうからこちらを裏切ることはまずないと考えていい。もしも魔王がその気になっているのなら、とうに北の町や都会、元祖『霧の王』がいた森林あたりは焼き払われて荒野に変わっているはずだ。

 だが、いつその均衡が崩れるかわからない。

 魔王は既に彼の拠点にいて、世界を滅亡させるために虎視眈々とその機会を狙っているのだ。その機会は994日後には確実に訪れて、彼らは世界を滅ぼす。

 『何故』ゲーム開始から1000日が経過するとプレイヤーが強制的に敗北するのか。『エギナ』にそのあたりの設定はない。スタッフ全員が認識していたのは、『タイムオーバー』によるゲームオーバーを付け加えたということだけ。説明も、『魔王が攻めてきて負けた』ということだけ。この結末はどれほど鍛え上げたプレイヤーであっても回避できないのであり、そこから考えると魔王は1000日後には凄まじい魔力をもって攻めてくるのだろう。

 しかし、999日目に魔王に挑んだとしても、彼の力は1日目に挑んだ場合と変わらない。

 そこから考えると、以下のような仮説を立てることができる。


「魔王は1000日後に強大な力を得ることができて、その力を得た魔王にはどれほど鍛えたプレイヤーも太刀打ちできない」

「魔王はその力を得ることに専念しており、1000日経過するまでは攻めてくる事がない」


 これは極めて自分として納得のいくものとなる。だから、カリナとしてはこれを支持したい。

 魔王は攻めてくる事がない。自分の拠点で強くなることに専念し続けている。

 だから多少の余裕がある、と思っておきたい。無論、だらだらと過ごして1000日という期間をムダに食いつぶすようなことはしないつもりだ。


 ともあれ、霧に包まれた『館』に、私たちは踏み入った。

 あのときのように「我が名は霧の王!」などと宣言しても良かったのだが、ターナの前では恥ずかしいので自重する。ターナの手を引いて、私は館の中を歩み進んだ。目的の人物を探し、とにかく突き進む。

 メイドのように、霧の魔法を見通すような実力者はいないようだ。

 直接私が手を引いているターナも霧が見通せているので、スイスイと歩いていける。しばらく歩いて探し回ると、ようやく目的の人物が見つかった。


「カリナ姉、あの人」

「あいつか」


 例の女は何か密談でもしていたらしい。商人の親玉らしい男と、同じ部屋の中だ。

 霧の中でも壁を背にして、武器を握り締めているのはさすがに修羅場を潜り抜けてきただけのことはある、といえるだろう。同じチームらしい残りの男二人も同じように壁を背につけ、油断なく周囲に気を配っている様子だ。

 だが私は彼らよりも、むしろ商人に驚きを隠せない。ウィナンだ。歳をとってはいるが、間違えようはずもない。あのメイドの主人、村長の息子、ウィナン。

 私財を奪い取って放逐してやったのに、悪徳商人として成り上がったのか。あるいは何か卑劣な手段でどこかの商家を乗っ取ったのか。

 しぶとい奴だ。だが、この冒険者たちとウィナンがつながっているのだとしたら、どうして今更ターナの母親が殺されたのかも説明がつく。報復を恐れ、彼らもずっとクオードの家族の行方を追っていたに違いない。そうして9年間かけ、ようやく居場所をつかんで刺客を送ったのだろう。

 私も結構力を入れてクオードの妻子を探していたのだが、あちらの方が先に見つけたのか。

 するとターナを見逃したのも故意であり、あえて彼女に自分を襲い掛からせて牢獄に放り込むところまで計算していたのかもしれない。


 いずれにしても、ゲロらせる。ここで締め上げて、全てを吐かせてやろう。


「久しぶりではないか、貴様」


 私はいつかぶりの、低く重い声をつくって、その場に響かせた。

 村長の息子ウィナンはすぐにこの声の主に思い当たったらしく、相当に驚いた声を上げ、その場から逃げ出そうと走り出す。だが、壁に激突した。


「ひぃっ、ひぃ! お、お前は」

「そうだ、我が名は『霧の王』」


 ウィナンは見苦しく震えてしまい、その場でどうにか身を隠そうと縮こまってしまう。言い訳のしようもないとおもっているのだろうか。

 だが、冒険者たちが武器を構えた。どうやら声の方向から私の位置を探ろうとしているらしい。


「こいつが霧の王か!」


 女が勇ましく叫んだ。


「私と勝負しろ! 正体をあらわしてみるがいい」


 声は素晴らしく張っているが、言っていることは情けない。なぜこんな剣を構えた奴の前にノコノコ出て行く必要があるのだろうか。

 第一、ターナがあぶない。

 そういった事情で私は女の言うことに耳を貸すことなく、テレキネシスで椅子を彼女に向けて飛ばしてやった。しかし敵もさるもの、飛んできた椅子を剣で受けようとした。すばらしい反射神経だが、椅子は重く、断ち切れない。結果として椅子は直撃し、女はその場に昏倒する。


「ぐあっ!」


 呻き声があがる。

 その声にウィナンが心配げに声を上げた。


「ヤフマー、どうした」


 ……何?

 今、誰の名前を呼んだ。

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