22「脱走」
結論から言えば、私の予想は当たっていた。ターナはクオードの娘だった。
懐中時計を見る姿を見て想像がついたので、私はターナへこの時計の持ち主と知り合いかと訊ねてみたのだ。すると彼女はあっさり、クオードの名を口にした。そして、自分はその娘であるとも。
「それで、あなたは?」
髪の短い、柔らかな目の少女が私を見つめる。懐中時計を握り締めた彼女は、これを持っている私を怪訝に思っているのだろう。
それ以前に、霧の魔法を使って簡単にカギを壊しているので、そこを怪しんでいるのかもしれないが。
「私はカリナ・カサハラ。孤児院では彼によくしてもらっていました」
事実と本名を告げる。すると、ターナも自分の名を名乗ってくれた。
「そうですか。私はターナ・キラムスといいます」
「そう。ターナ、あなたはなぜここに?」
何かやむにやまれない事情があったことは想像がつくが、やはり訊かずにはおれない。
「母が亡くなったので、どうにかして仇を討とうとしたのですが。失敗して、この有様です」
「お母さんが。殺された? 相手を見たのですか?」
「見ました」
ターナは俯いてしまった。思い出して、つらいのかもしれない。
この子の母親、つまりはクオードの奥さんが殺されたというのも衝撃的だが、ターナがカタキをとろうとしたというのも随分思い切った選択だといえる。
「三人いて、一人は女でした。その女の顔だけは忘れていません。
つかみかかっていったのですが、相手になりませんでした」
詳しく話を聞いてみると、どうやらターナと母親はクオードの助言どおり彼の弟を頼った後、さらに北に逃げ、名前を変えて暮らしたようだ。
私がどう手を尽くしても見つからなかったのも、このクオードの弟がうまく隠蔽してくれたかららしい。
ところが一週間ほど前になって、突如家の中に踏み込んできた三人組によって母親が無残にも殺されたのだという。ターナは長椅子の下に隠れていて助かったらしいが、母親が時間をかけていたぶられ、殺されていくさまを耳と肌で感じたのだろう。
犯人の一人、女の顔だけは立ち去っていく際、最後に振り返ったのを見たので鮮明に覚えており、後日に街中で見かけたときに思わずつかみかかって殺そうとした、ということらしい。
ところが殺すことができず、逆にターナのほうが投獄されることになった。あの女が母親を殺した、というターナの証言は聞き入れられず、むしろ偽名を使って町で生活する怪しい子供ということをとりあげられた。
結局、罪もない母親は死んで、子供は投獄されるということになったわけだ。
私もこうした話を聞いて憤らないほど心を病んではいないが、今回はその女などよりも自分自身に怒りを覚えている。ターナたちが始まりの町から追い出される原因を作ったのは他ならぬ私だからだ。
全てを村長のせいにしてしまうのは簡単だが、あのときクオードに調査を押し付けてしまったツケだということも間違いない。安易な行動の結果が、これだ。『エギナ』では何度でもやり直せるし、ゲームはリセットしてしまえばそれで終わりだ。
だがこれは『エギナ』ではない。少なくとも今の私にとっては現実の問題。
自分の考えが浅かったということが、よくわかる。痛感とはこういうことをいうのだろう。
「その女たちは、何者かわかりますか」
「それが、私にはよく……」
それはそうだろう。魔王を倒した後は、そいつらを血祭りにあげてやらないと。
しかし、女。確かクオードも自分を刺したのは数人で、一人は女だと言っていた。まさか同一犯なのか。そうだとしたら、犯人はメイドじゃないのか!
私は今までずっとクオードを殺した複数犯の一人の『女』というのは、村長の息子についていたあのメイドだと思っていた。今では霧の王に代わって村の一切を掌握し孤児院の運営までやっているあのメイドである。
彼女も30前くらいの歳になっているはずだが、高い給金を何に使っているのかその美貌は衰えをみせない。あるいは例の魔法で何かしているのか……。いやそんなことはどうでもいい。メイドは忙しいはずだ。北の都市で罪もない親子を害しているヒマなどありはしないだろう。
では何だ?
ターナの母親を殺したのは、ただの強盗なのか。それとも、追い出した村長がクオードの縁者ということで、今更ながら殺したのか。
「……行きましょう、ターナ。お母さんが何故殺されたのか、探ってみましょう」
魔王の侵略はゲーム開始から1000日後。まだ997日ほどの余裕がある。
少しくらいの寄り道は許されるだろう。
「カリナ。私をここから出してくれるの?
どうして、あなたは何者なの」
「昔、クオードにはよくしてもらったのです。だから、あなたが困っているのを見捨てて置けません」
戸惑うターナを尻目に、私は壁に向かってパワーロッドをぶつける。かなり手加減したが、内壁の一部が砕けて落ちた。
その残骸の中からドレインダガーがでてくる。鞘つきの立派なダガーナイフだ。隠しアイテムを拾った私は、ターナの手を引いて牢獄を脱出した。
勿論、その夜のうちにその町を抜け出し、カリナの住んでいた北の町へ飛ぶ。
「カリナ、飛んでる!」
「そうですね」
ターナは年齢に比べても小柄なので背負って飛ぶくらいなんともない。彼女は空高くからの風景に喜び、きゃっきゃとはしゃいでくれた。
町に降りる前に、ターナに簡単な魔法をかける。偽装の魔法だ。要するに、変装させた。亜麻色の髪の、男の子に見えるようにしておく。ターナは逮捕されているのだから、このくらいの用心はしておくべきだった。
では調査を開始しよう。ドレインダガーの試し打ちもしてみたいところだが、ターナの母親を殺した人物には実に興味がある。
どちらを優先するかといわれれば、考えるまでもない。
つまりHP吸収武器か、かわいい女の子のための仕事か。後者に決まっている。
「ターナ。あなたが彼女に襲い掛かったのはどこですか」
そうしたところから始まり、町の住人にも色々と話を聞いてまわった。
どうやらこの北の町は流れ者が多く集まる土地らしい。各所からあぶれ者が集って、色々な仕事をするようになっているようだ。ターナの母親もこうした世評を知っていて、ここに来たのだろう。
くだんの女の特徴をもとに、聞き込みを続ける。すると、どうやらその女も流れ者らしいと判明した。
金次第で何でもやる、『自称』冒険者。冒険者なんていえば聞こえはいいが、要はただのごろつきだ。殺しでも盗みでも、なんでもやる。そういうことらしい。
嘘をついているかどうかわかる、というのは実に強力だ。頼りすぎると足元をすくわれるということはわかっているが、まあ情報収集においてこれほど強い魔法も他にあるまい。その魔法にも3人中1人もひっかからないのだからどうやらその冒険者たちが相当タチの悪い稼ぎ方をしていることは間違いなさそうだ。
ここまでくれば、もう遠慮する必要もないだろう。3人のごろつきをとっ捕まえて締め上げ、罪状をゲロらせてしまおう。そこまでやればターナもお日様の下を歩けるようになるだろう。もしそうならなかったとしても、最悪、ターナの顔を知る全ての人間の記憶を書き換えてでも彼女は救ってやらねばならない。それは私の責任だ。
私を罠にハメて牢獄行きにした連中のことも気になるが(『エギナ』においては『館』ステージの連中の残党の仕業ということになっている)、今はターナのことだけを調べればいい。
彼らが現在どこにいるのかを追って、私とターナはしばらく行動を共にする。
両親のカタキをうつための旅だ。調査には少し時間がかかったが、大したことはない。『霧の王』をなめてもらっては困る。
調査に三日かけて、つまりターナとの時間は三日間に及んだ。
その間に私たちは随分と打ち解けて、彼女は私を姉と慕うようになった。そうなるように仕向けた。
何しろターナはかわいい。彼女を守るために盗賊団を結成するという、盗賊の気持ちがわかってしまうほどに。『カリナ・カサハラ』は間違いなく女性だが、ターナはかわいいのである。姉と呼んでもらってむずがゆいが、大変嬉しい。孤児院でもたくさんの弟や妹に慕われたが、ターナはやはり一味違う。クオードの面影も少しある気がした。
何しろこれだけ『カリナ・カサハラ』が傍にいて、野犬退治然り、情報集め然り、盗賊退治然り、全てにおいてテストプレー特有のレベルカンストで無双という一般常識から外れたチートっぷりを見せ付けているというのにだ。ターナときたら「カリナ姉さんはすごいですね」の一言である。絶句するとか、ドン引きするとかそういうことがない。無邪気に笑ってはいるが、すごいですねというように、どこか淡々と褒めてくる。
調子に乗りすぎた、と私は今から思い返して恥ずかしいくらいだが、ターナが全く動じていないのだった。おお、かえって私はとても怖い。
ともかく、情報集めは無事に終わった。三人の無法者たちが今いる場所は特定されたのである。
『エギナ』ではプレイヤーキャラも野宿することができるし、実際にそうしなければならない場面も度々でてくるのだが、ターナにそんなことはさせられない。私はちゃんと夜、町に戻って宿で彼女を寝かせるようにした。結果、調査に三日がかかったわけだ。
だがその三日間でさえ悪魔の計算がはたらいていたかのように思えて、ならない。なぜなら、その三人がいる現在地、それが『館』だったからだ。
本来は牢獄ステージの前に訪れるべき場所。悪徳商人の屋敷。『館』、そこに彼らは集っているのだった。
まさしく、今日!




