20「前世」
意図せずして牢獄ステージに入ってしまったことは、不運だといえる。
だが、ここには隠しアイテムが存在している。それと、エンディングに影響を与える分岐イベントが存在しているはずだ。
エンディングなどはこのカンストステータスで強引に押しのけるつもりでいるので特に興味がないが、隠しアイテムは有用だろう。ここに隠されているアイテムも職業によって異なるが、いずれも非常に役立つ装備だ。
戦士の場合は最強の両手剣、パリィソードが手に入る。無属性で攻撃力を+200、敵の直接攻撃を20%の確率で無効化。強力である。
盗賊なら最強防具、ステルスマントだ。装備しているだけで敵の視界にとらわれにくくなり、戦略性が増す。
僧侶は敵からMPを吸収する近接武器、ドレインメイスを入手できる。攻撃力もそこそこあり、安心して使っていける(この武器はマジックドレインとは違い、敵のMPを割合で吸収する。このため敵のMPをゼロ以下にすることができず、精神ダメージで無双するのは不可能である)。
このようにとても強力な装備が手に入るわけだが、今回は魔法使いだ。魔法使いの場合はどうなのかといえば、ドレインダガーになる。この武器で敵を直接攻撃すると、ダメージ分だけ自分のHPを回復する。数少ない、永久に使用できるHP回復アイテムである。
とはいえ、ドレインダガーは攻撃力が低い。最強の両手剣パリィソードが+200であり、ドレインメイスが+115という数値の中、ドレインダガーは+21という桁違いの弱さだ。しかも魔法使いは直接攻撃力が低いため、貴重な回復アイテムではあるがこれを積極的に運用するには相当なテクニックが必要になる。盗賊ならばヒットアンドアウェイで着実に使っていけるだろうが、魔法使いはそこまで機敏に動けない。かといって素早さを無駄に伸ばしていると攻撃力がなくなり、HP回復効果もすずめの涙になりかねない。
こんな具合で、せっかくの希少なHP吸収武器だというのに悲惨な出来になってしまった。調整しすぎたともいえる。開発途中まではドレインダガーも攻撃力+121という実用に耐える数値だったのだが。サークルの中にいたあるマゾゲーマーが、魔法職で魔法を使わない縛りなどという意味不明なプレイをしてしまい、途中からドレインダガー無双になってしまったのである。攻撃力と素早さに特化された驚異の『殴り魔法使い』は、魔王と正面から殴り合って勝つという有様だった。実質2ステージの間しか使えないとはいえ、『魔法使いがドレインダガーで無双し、あまつさえ魔王に殴り勝つ』というのが興を削がれると考えた我々は、当該武器の攻撃力を低くせざるをえなかったのである。しかしくだんのマゾゲーマーは武器をパワーロッドに持ち替えて、結局魔王を殴り殺してしまった。こちらは『ナイフでないだけマシ』という具合に判断し、パワーロッドに修正はかけなかったのだが。
ともあれ、ここにはドレインダガーがあるはずである。修正前のものなのか、それとも修正後のものなのかはわからないが、どちらにしても使い道はある。攻撃力が+21であっても、今の私はステータスカンスト状態のテストプレイ状態なのだ。体力回復に十分使えるはずだった。
今の私にとっては有用な武器。ドレインダガーを入手するには少々手続きが必要だ。
まずこの牢を出なければならない。
確か、ここでは選択肢がでるようになっていたはずだ。
a.牢を破り、脱出する
b.看守に自らの無実を訴え出る
c.正義を信じて、座したまま待つ
cを選ぶとそのままゲームオーバーとなる。『エギナ』はステージクリア時にオートセーブされるので、実際は選択肢を選びなおしというに等しい。
だが、今の私が死んでしまった場合に、セーブしたところからやり直しができるのかと問われると非常に怪しい。多分、無理だろう。だから、このまま待つというのはナシだ。
bの選択肢はどうかといえば、プレイヤーキャラが僧侶の場合に有効である。僧侶の訴えに耳を貸した看守が夜に脱獄を手助けしてくれるようになり、アクションパートがはじまるわけだ。他のキャラでは看守に訴えが届かず、信用してもらえない。
aの選択肢はといえば、勿論戦士、盗賊、魔法使いの場合に有効だ。僧侶の場合は非力ゆえに脱獄に失敗する。戦士の場合は力任せに牢をこじ開ける。盗賊の場合はいとも簡単に牢の鍵を看守から盗みとり、鍵を開ける。魔法使いの場合はどうかといえば、魔法で牢や内壁を破壊して脱出することになる。
手段はどうあれ、この牢獄ステージは脱獄することから始まるのだ。そして看守を打ち倒したり、監視をかいくぐったりしながら外を目指す。
しかしこのステージには問題がある。使用キャラによって難度が変わるのだ。
僧侶と盗賊の場合はただ単に敵の目を逃れながら外を目指せばいいだけだが、戦士と魔法使いの場合は最初から脱獄がバレているので、看守たちがプレイヤーに向かって突撃してくる。居場所が知られているので、後から後から湧いて出てくる看守たちを相手にしながら脱出しなければならない。逃げ隠れしてもムダである。
戦士でプレイする場合は一番の詰みポイントだろう。素早く走り、急いで取り上げられた荷物や装備を回収しなければまともに戦えない。
魔法使いの場合はもっと難しい。装備の回収も勿論だが、プレイヤースキルがなければつらい。次々と沸いて出てくる看守たちはしっかり武器を装備しているし、結構手ごわいのである。魔力や知力を伸ばしている特化型の魔法使いであったなら、肉弾戦では全く相手にならないだろう。パワーロッドがあれば話は別だが。
さて、以上の知識は『エギナ』における牢獄ステージの攻略情報である。
ここは『エギナ』に酷似した世界ではあるが、これがそのまま適用されているわけではない。私の行動は無限に選択肢があるし、3つしか行動を選べないゲームとは違う。
魔法使いや戦士でプレイする際につらいのは、強引に脱出したことで看守たちに居所がバレてしまうからだ。
では、他の方法で牢を破ったならバレることはないということになる。あとは霧の魔法を使いながら悠々と外を目指せばそれで終わりだ。今回はドレインダガーが必要なので寄り道が必要になるが、それでも普通にやるよりはだいぶラクになる。
器用さのステータスもMAXになっている今ならカギくらい余裕で開けられるかと思ったが、さっぱりだめだ。手頃な針金なども落ちておらず、カギをこじ開けようにもやり方がさっぱりわからない。カギ開けの技能は魔法使いには備わっていなかったようだ。
となれば、どうする。僧侶がするように看守に自らの無実を訴えてみるか。しかしあれは清貧な心の持ち主である(という設定のある)僧侶だからこそできたことだ。目つきの悪い魔法使いがやったところで余計に疑いをかけられるだけだろう。いっそのこと色仕掛けでもして篭絡するほうが可能性があるというものだ。
ん、これはいけるかもしれない。ゲーム中では僧侶に対してもただ単純に心を打たれただけの看守であり、魔法使いの嘘くさい言葉にはまったくほだされないのだが……。奴も男である。このようなむさくるしい所で働いているのだ。たまるものもたまるだろう。ちょっと誘惑してみせれば。
そこまで考えて、自分の姿を見下ろした。魔法使いなので当たり前だが、装備はローブだ。都会のショップで購入した『魔力のローブ』に自分で付加効果をつけた優秀な装備だが、色気のかけらもない。何より、ふくらみがない。女性らしい、からだの丸みがない。首元から腹までストンと落っこちるような体型。
誰だ魔法使いをこんなデザインにしたのは!
このデザインにOKを出したのは他ならぬ私だが、そういうことはタナにあげ、デザインした人物をひたすら心中で責める。よもやこのままずっと、この幼児体型で過ごさねばならないのだろうか。そんなことは勘弁して欲しい。霧の王の書庫には『若さを保つ魔法』は存在したが、『胸を大きくする魔法』は存在しなかった。
待て、『カリナ・カサハラ』になる以前の私はもう少し豊満な胸を持っていたような気がするのだが。いや、どうだったか? そもそもあのときの私は男だったか、女だったか。そのあたり、おぼろげになっている。普通こんなことあるだろうか。『カリナ・カサハラ』として物心ついてから11年すごしたが、あまりにもこの体に慣れすぎたのかもしれない。
大体『エギナ』に関することばかり思い返し、クリエイターだった私自身に関することはろくに思い出さなかった結果か。少し寂しい。
もとの私の名前も、なんだかボンヤリとして思い出せない。『カリナ・カサハラ』という名前はこんなにもすぐ思い出せるのに。『エギナ』の名も忘れようがないほど染み付いているというのに。
今更何を考えているのだろうか、私は。
今の私は霧の王で、カリナ・カサハラなのだ。それ以外の誰でもない。この世界によく似た同人ゲーム『エギナ』をつくっていたクリエイターのことなど、私の『前世』だといえる。そう言ってしまっても何も問題ない。そのはずだ。
しかし、しかし。確かに私は『エギナ』の製作者のはずだった。どうしてこうなったのだろうか。何が悪かったのだろうか。
ああ、ああ。
霧の王よ、カリナ・カサハラよ。お前は一体、誰なんだ。
「…………ん」
私は少し前から閉じていた目を開いて、立ち上がった。
馬鹿馬鹿しい。私は私だ。
自分で『霧の王』を名乗り、始まりの村を掌握し、メイドに全てを任せて1000日後の破滅を回避するために旅立った、『カリナ・カサハラ』だ。
それでいい。
そんなことよりこんなジメジメとした牢獄にいつまでも居ては、肌荒れの原因になりそうだ。さっさとドレインダガーをとって、脱出するとしよう。
牢の中から霧の魔法を発動する。後は問題ない。




