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霧の王  作者: zan
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02「カリナ・カサハラ」

 どうやら私は孤児院にいる。

 自分の名前はカリナ・カサハラ。性別は女。歳はいくつかわからない。

 周囲にたくさんの子供たちがいる。それらから離れて、ぼろきれのような毛布をかぶった自分がいる。

 視線の低さ。自らの体の妙な小ささ。私は、幼児であるらしい。


 物心がついたときに、私はそうした理解をした。

 前世での記憶を引き摺っている、とも解釈した。

 同人ゲームのクリエイターとして過ごしてきた日々が、昨日の様に思い出せる。

 心血を注いでつくった『エギナ』が販売できなくなった悲しみから自棄酒に深酒をして、そのまま記憶が途切れている。


 しばらくの黒い闇をはさんで、次にふと気付けばこの有様なのだ。

 カリナ・カサハラという名は前世での名ではない。もっと平凡な名であった。

 この孤児院は奇妙なほど文化が遅れている。電気がない。建物の作りも古風だ。


「みなさん、おやつですよ」


 孤児院を取り仕切っている女性が、何か軽食をもってきた。

 部屋で遊んでいた子供たちはそれに歓喜の声を上げる。私を除く全員がそれに群がり、お菓子をほおばった。

 しかし私は、それが自分に許された行為ではないことを知っている。

 それは、私が最後に拾われてきた子だからかもしれない。身なりが汚いからかもしれない。

 最も小柄で、引っ込み思案だからかもしれない。

 いずれにしても、正当な理由ではない。不当にいじめられている。

 そしてここを取り仕切り、軽食を持ってきた女性もそれを黙認しているのだ。

 なんというか、いたたまれない。自分自身の境遇に。


 本当の両親がどこにいるのか、死んだのか。そんなことはこの幼い記憶に残っていない。

 幼児の記憶など曖昧なものだし、物心つくまえの記憶などあるはずがなかった。

 ただ、自分の生活する場がここであること。ここでの生活が大していいものではないこと。

 そして、自分はいじめられるために生きているも同然の状態であるということが、私にわかったことだ。


 私の名前はカリナ・カサハラというはずだが。

 一日を通してもその名を呼ぶ人物などいなかった。


 食事だけは最低限与えてもらえたため、やむなく毛布をかぶって一日を過ごし続ける。

 こんな日がいつまで続くのか。

 ひょっとしていじめられているというのは錯覚なのかと思って、遊んでいる子供たちの輪に加わろうとしたことがある。

 しかし身なりを懸命に整えてから挑んだにもかかわらず、飛んできたのは足蹴りだった。打ち倒されて、散々に蹴られた。子供特有の高い笑い声でキャアキャアとわめきながら大喜びで彼らは私を蹴りつけたのである。

 そして予想通り、その様子を見ても孤児院の管理人達は、大人たちは見てみぬふりをした。全く無関心だったのである。


 しかし、このいじめにも、得るものはあった。予想よりも痛くなかったということだ。

 子供の力なのだから当然だ、と思うかもしれない。しかしそれを勘案してもあきらかにダメージが少なかった。

 頑丈なのである。この身体は、かなり頑丈だ。ただの子供ではありえないほどのものだ。

 私はもしかすると、何かの才能にめぐまれているのかもしれない。

 そう思うと、少しだけ私の中の悪い部分が鎌首をもたげた。このいじめっこどもに、痛い目をみせてやれるかもしれない。

 恐らく堂々と正面から反撃すると孤児院にいる大人たちが止めに入るだろう。しかし彼らに見つからずにやる方法も考えられる、今の私には。


 観察をすることにした。できるだけ孤児院の中も許される範囲内でうろつき、構造を把握する。

 そうすることで大人に見つかりにくい死角を発見できるだろうと踏んでいたのだ。

 しかし、わかったことはそれだけでなかった。

 酷似しているのである。この孤児院が。

 何に似ているか、など考えるまでもなかった。前世で知っていた、いや知り尽くしていたものだ。

 ここは、『エギナ』の世界にあった孤児院にそっくりなのだ。


 全ての建物のデザインを私がしたわけではない。だが、デバッグのためにこの建物に何度も出入りしたし、壁抜けができはしないかと無意味なジャンプを繰り返しもした。覚えていないはずがなかった。

 『エギナ』での孤児院の役割は、それほど重要なものではない。

 ただ、旅立ちのときに主人公が出て行く建物というだけだ。

 プレイヤーキャラクターに魔法使いを選択するとプロローグで主人公が旅立つ建物、それなのだ。旅立った後でも一応孤児院に戻ることはできるし、中にいる人間と話すことも可能だ。


 となると。

 私は窓の外をのぞいてみた。町並みが見える。

 その町並みに、覚えはあった。『エギナ』の初期配置村。始まりの村である。

 そうだ、まさかだ。


 私は、大人たちに話しかけて確かめた。『エギナ』の世界なら常識となっている世界の伝承を。

 勇者と魔王についての伝承を。

 これは前世での同人サークルの一部にしか伝わっていない製作秘話同然のものだ。何しろゲーム自体が発表されていないのだから。

 ところが孤児院の大人たちは、伝承を知っていた。


「ああ、勇者様の伝承。カリナ、どこでそんなことを覚えてきたのですか。

 知りたいのならゆっくり教えてあげましょう、夜になったら寝る前に話してあげます」


 そしてその夜に聞いた話は、完全に私が設定したものと同一だった。

 もはや、これは確定事項である。

 私は、私が創造した『エギナ』の世界に落ちてしまったのだと。

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