17「森林」
旅立つ日、メイドは孤児院の院長として私にいろいろなことを言った。
総括すれば、辛いこともあるだろうが頑張れ、いつでも帰ってきて休んでよい。そういったことだ。
これは『エギナ』を魔法使いでプレイするときにオープニングで言われることと同じだ。そうなるように仕向けたわけではないのに、ゲームと同じ。全く同じ言葉をメイドは言い放ち、そして私は旅立ったのだ。
状況は全てゲームに表されることと同じだった。違いはパワーロッドを既に私が買い取ったことくらいで、他には何もない。所持金も同じ。有り余る金は全て孤児院の運営に回し、当面の旅費だけを握っている。つまり、初期の所持金と同じだけだった。
こうまで同じになるものなのか。ただの偶然なのか、それともこの世界がゲーム世界である以上の必然なのか。
考えていても仕方がないので、私は森に向かう。
南にある、森林地帯だ。『エギナ』ではここが最初のステージである。
出現する魔物たちはひ弱であり、ここで経験値を稼ぐのは悪くないプレイスタイルだ。しかし今の私はレベル最大であるから、そうしたことをする意味はない。
ここでプレイヤーは初めて、『魔物』を見ることになる。
戦士も、盗賊も、僧侶も、魔法使いも、等しくこのときまでは『魔物』を見ることなく育つ。『カリナ・カサハラ』もそうだ。出稼ぎをしても、ヤフマーの組織を壊滅に追い込んでも、今まで魔物を直接見たことはない。
『エギナ』はここから始まるのだ。ゲーム本編、アクションシーンはこの地からスタートする。間違いなく。
だが、私には感動している暇もない。さっさとこんなふざけた状況を終わらせるのだ。
本当に、前世とか『エギナ』とかの存在そのものが全て私の妄想であり、この凄まじい魔力もただの天才ということで片付けられるのならどれほどよかったか。そんな可能性にすがって1000日後の破滅を待てる性格なら、私はこんなところにいはしまい。
『エギナ』のゲーム画面では割と光のよく届いた、メルヘン風味の森であった。最初からプレイヤーに不安を与えてはならないと判断したので、それこそ女の子とクマさんが戯れているような、そういうイメージで森ステージを作成した。
ところがどうだ、目の前に広がるこの森は鬱蒼として不気味なことこの上ない。森というよりは樹海だ。どうしてこんなことになったのか、わからない。
ただ、木々の配置や獣道の方向を見るに、ここが『エギナ』の舞台であることには間違いない。
どうやらゲーム世界の再現はなされているが、光源の確保は無理だったということらしい。結果、このように薄暗くて悲惨な感じになったのだろう。
設定では、出現する敵は野生動物に毛の生えた程度のもので、戦士なら初期状態でも二回殴れば倒すことができる。だが、この分では敵キャラの性能もどうなっているかわかったものではない。何の因果か、あるいはバグか、ただのメイドがあれほど強かったのだから、動物たちが恐ろしいほど強くともおかしくはない。
私は有り余る魔法力を使って、早速霧の魔法を展開した。鬱蒼とした森の中を濃霧が覆いつくし、完全に視界はゼロだ。
この中に、私は感覚強化の補助魔法を使いながら、入っていく。この魔法は元祖『霧の王』が残した魔法書に記されていたのだが、やっと習得することができた。旅立ちギリギリまでかかった難易度の高い魔法だ。だが効果は覿面であり、強化された私の五感は完全に森の中の状況を捉えることができる。
昼間でも薄暗い森に、濃霧という最悪の状況でも、ハロゲンライトで照らしたように丸見えだ。
悠々と、私は森の中に入っていった。ジャッカロープに似た魔物がウロウロしているが、あえて殺す必要さえ感じない。放置して問題ないだろう。
まっすぐ、森の奥へと向かうだけだ。マップは覚えている。記憶があるうちに忘れないようにメモしておいたし、ことあるごとに見返しておいたので脳内地図にマーキングすることも余裕だ。
少し道をそれて、強引に薮の中をかき分けて進めばショートカットになる。が、それで敵が集まってきたらしい。ガサガサ音をたてるのはまずかったか。
面倒くさいな、と思いながらパワーロッドを引っ張り出し、軽く振り回した。暴風が吹き荒れ、大木が根本からヘシ折れる。
やりすぎた!
数秒をかけて木々が倒れていく。私は慌ててその場から逃げ出した。
別に咎められるというのを気にしたわけではない。とんでもないことをしてしまった、という思いから思わず逃げただけである。
だが、これが結果的に森林ステージのクリアを早めた。用事のあった人物が、騒ぎを聞きつけてやってきたからだ。
「あっ」
強化された視界の奥に、超然とした老人の姿が見えた。長い白髪に、同じ白い髭を伸ばした老人だ。この人物に私は実に見覚えがある。
おお、そうだとも。彼が森林ステージのボスにして、プレイヤーを導くNPCの一人。森の賢者だ。
「ほう、霧の魔法か」
彼はそんなことを呟き、サッと片手を振った。それだけで、彼の周辺にめぐらされた霧は取り除かれる。
すごい魔力だ。けっこう力を入れて作り出した霧なのに、何事もないように解除されてしまった。いや、これは仕様か。『エギナ』では彼との邂逅をムービーで表現することになっている。
魔法で画面にエフェクトがかかったままで迫力がないので、彼が解除するように演出を入れておいた。森の賢者が霧を取り除いたのは、それによるものと思われる。森の賢者の周辺だけ解除されて、森林全体には霧の効果が及んだままなのが、その証拠といえるだろう。
「このようなところに何か御用かな、珍しいお客人よ。ここは魔物が潜み、危険な地となっておる。
修養のためというのであれば、早々に立ち去られよ」
この言葉も私がプログラムに組み込んだ覚えがあるものだ。なんというか、目の前の森の賢者はまさしく、NPCらしい反応をしているといえた。
とはいえ、この世界においては彼も人間である。適当にあしらっていいものではない。
『エギナ』において、ここではプレイヤーが返答を選ぶことができる。
a.危険なくらいが修練にはちょうど良い とこたえる
b.森に入ってきた理由を説明する
c.助言に従い、立ち去る
cを選択して立ち去ると、スタート地点からやり直しになる。もちろん、日数は経過してしまうが再びここにやってくることはできる。これを利用して経験値を稼ぐのが初心者にオススメの方法となる。ボスを倒せる実力があるなら、勿論これを選ぶ理由はないが。
aやbを選んだ場合は少々の会話の後、森の賢者と戦闘になる。そのあとは和解し、彼から冒険のヒントをもらうことができ、次のステージにいけるようになるわけだ。
プレイヤーキャラにはこの森に入った理由があり、それぞれ次のようになっている。戦士は修行の場とするため、盗賊は追手から逃れるために、僧侶は沐浴のため、そして魔法使いは食糧を探すためだ。
本来であるなら魔法使いは孤児院を出た後も食うに困るような有様になっているはずだ。南に下りて、森林の中に入って食料を探すことになる。そしてこの森の賢者に出会い、食料をもらうことになる。
しかし今の私は特に腹が減っているということはない。金ならあるのだ。
そこで私は選択肢にないことを話す。
「私は『霧の王』と名乗っている魔法使い。魔王を討伐するための情報を求め、あなたを探していた」
「ほう、『霧の王』……その名を久しぶりに聞いたな」
森の賢者は眼光を鋭くし、こちらを睨みつけてくる。あまり温厚な雰囲気ではなかった。どうやら何か刺激してしまったらしい。
「わしも昔は二つ名で呼ばれることがあってな。君の名乗りと同じだ。
かつてはわしも『霧の王』と呼ばれていたのだが。どちらがその名によりふさわしいか、力試しといこうか」
きっ。
『霧の王』!
「な、そのようなことを」
森の賢者の魔力が増大する。思わず、私は一歩後ろに下がる。しまった、と思ったからだ。
霧の王らしき死体は見つけている。森の小屋にあったミイラのような死体だ。私はあれこそが『霧の王』だと断定していたのだが、違ったらしい。目の前にいるのが本物の『霧の王』だとしたら、あれは一体誰だったのか。
だが今はそのようなことを気にしている場合ではない。
この森の賢者から得られる情報は有用で、魔王を倒すには絶対に必要なものだ。だから、彼をパワーロッドで殴り飛ばすわけにはいかない。ゲームでなら何をしようが絶対に死ぬことはないので安心だったが、この場合そうはいかないだろう。
テストプレイとはいえ、戦士と盗賊と僧侶と、三度もレベルカンスト状態のキャラでボコボコにしてしまった報いだろうか。
「魔法使い同士、遠慮することもあるまい。腕試しといこうではないか、『霧の王』よ」
「防御魔法を限度までかけておいてください。これは忠告です」
私は嘆息しながら、無手のまま構える。杖など使っては、森ごと吹き飛ばしてしまいかねない。




