16「始まり」
私は14歳になった。
孤児院を出なければならない年齢になったので、就職口を探さねばならない。本来なら。
だが、魔法使いとしてこの『エギナ』の世界に生れ落ちた私にとって、のんきに就職しているような暇はなかった。1000日後に世界が滅びるとわかっていながら、あえて惰眠をむさぼるなどということができるわけもないのだ。
旅立たなければならない。あえてこの日を待ったのは、理由がある。
全てのステータスがカンストしている状態であっても、この世界では鍛え続けることができるということがわかったからでもある。だが、それ以上にこの時でなければ世界を救えないからだ。この時でなければ、魔王を倒せないのだ。
だからあえて、この日を待った。窓ガラスに映る自分の姿は、確かに魔法使いだ。
自分で設定したとおり、記憶にあるままの女魔法使い。計算高く非情で孤高、血を好む冷厳な魔女というイメージでイラストを発注したのだ。大体そのとおりで、どこか冷徹に見える幼げな印象を残した少女だ。目つきの悪さだけはどうしようもないが。
各ステータスは全く下がっていない。怠けていたら衰えてしまうのではないか、という部分を私は最も心配していたのだが、適当にジョギングしているだけでもどうやら維持に成功したようだ。勿論魔力のほうは必要以上に使いまくっていたので衰えるはずもない。
パワーロッドも入手している。
あの日、村長たちを『霧の王』の名で脅しつけて放逐した私は、そのまま『霧の王』を名乗ってこの村を統治した。色々あったが結果的には財に不自由しなくなり、あっけなく最強の武器を手にすることができたのである。
軽く試してみたところでは、軽くバットスイングで打ちつけただけであれほど豪華なたたずまいだった村長の屋敷の門扉が鉄くずになってしまった。人間が食らったら、まるで電車にでも跳ね飛ばされたように五体が千切れ飛ぶかもしれない。あまりにも怖いので、あまり触らないようにしている。
孤児院も適正な運営ができるように手を回し、信用のおける大人を多数介入させた。
実際に運営させてみるとなるほど、帳簿がひどい。全くお金が足りなかった。これでは村長たちと結託してあのような暴挙をはたらくのも無理からぬことかも、と思えたほどだ。
おそらくながら「始まりの村」のような小さな村に孤児院があるという設定に無理があったのだ。誰が協力してお金を出している、といったような情報もないままにしたため、このようなことになってしまったのだ。私の責任でないとは、いえない。
そう考えればああ、シュトーレには申し訳ないことをした。クオードも私のせいで死んだようなものか。
直接的に彼らを害した村長は徹底的にこの村から放逐して、生きていけないようにしてやった。そのくらいのことしか私にはできない。
今更だがクオードの家族も探したことを付け加えておく。絶対に、彼女たちには不自由な思いをさせないと。だが、クオードはどうやって逃がしたのかまるで足取りがつかめない。継続的に資金を投入して探させているが、まだ発見に至っていない。
他にもお金を使うことが増えている。
結果、全くお金が足りなくなった。村長の財を投入しても孤児院は規模の縮小を求められてしまう。
何故この小さな村にこんなに孤児がいるのかという部分が非常に気になっていたが、どうやら周辺の村からも孤児を預けに来ているらしい。金を取るわけにもいかないので、ますます立ち行かない。
そこで私は孤児院を時々抜け出しては都会に出稼ぎに行くことにした。魔法書などがないかを見るついでと思えばそれほどの労苦でもない。魔法一発でどうにでもなるような仕事をもらって、大金を持って帰ってくる。
孤児院にいる少女『カリナ・カサハラ』はその間村長のところに遊びに行っているという設定だ。
「またあなたですか」
そうしたとき、嘆息と共に出迎えてくれるのはあのメイドだった。
村長の汚い所業を黙って見ていたことで私の中の評判は最悪であったが、実際に話してみるとそうでもないことが明らかになる。何のことはない、彼女も孤児だったのだ。あの孤児院から売り払われ、村長にあてがわれた可哀想な少女だったのだ。
凡人とは思えないほど異常なステータスを誇っていることは謎だが、裏を確認したところ間違いなくあの孤児院出身で、売り払われたことも間違いなかった。
そうしたところからこちらの事情を説明し(さすがにこの世界が自分の作ったゲームであるなどという部分は伏せたが)、こちらに取り込むことに成功した。村長たちは放逐したが彼女は屋敷に残し、色々と役に立ってもらっている。出稼ぎの間の口裏あわせなどはその典型的なものだ。
今日までにはかなり親しくなったと思う。
クオードが亡くなったとき5歳であった私が14歳になったのだから、9年という月日が経過している。メイドも少し歳をとったが、十分な給金は出しているはずなので、特に金に困るようなことになっていないはずだ。新たに犯罪に手を染めるといったこともないだろう。
孤児院での私の立場も急転した。
もはや遠慮する必要などなくなったから、私を苛めてくる奴らには徹底的に報復してやった。これも教育と思えば問題ないという判断だ。何しろ孤児院にいる人間はほとんど『霧の王』の息がかかっている。『カリナ・カサハラ』に限ったことではないが、一人を集団でいじめるようなことを見逃すような仕事はさせていない。
私はすっかり強い立場になり、年々増えてくる自分より年下の子供たちに慕われるようになった。自分で言うのもなんだがお姉さんだ。朝皆を起こしてまわり、仕事を割り振って、食事を作る手伝いもする。
アレコレと仕事を頼まれることも多く、子供たちからは遊んで遊んでとせがまれる。男の子からは求婚されたこともあった。子供のいうことだし、私も子供なので大人になって気持ちが変わらなかったら、と濁しておいたが。
「それで、どうするつもりです。カリナ、一応孤児院ではあなたにこのまま院で働いてもらいたいという意見もある。
メイドとして、都市のほうでの就職もできる。修道女として南にある僧院に入るという選択肢もないとはいえない」
村長の屋敷を掌握するメイドが、私に問いかけてきた。
大体の手続きは終わった、といったところだ。随分時間をかけてしまったが、間に合ったといえる。
私がいなくとも孤児院が運営できるように、スポンサーを見つけたのである。このためにあちこち飛び回って恩を売り、顔を売り、『霧の王』は非常に忙しかった。これでやっと、旅立つことができる。出稼ぎに行く必要がなくなった。
さらに『霧の王』に次ぐ実力者であるこのメイドに、孤児院の運営を全て任せる。まず問題ないだろう。ヤフマーのアジトに一人で乗り込んでも問題なさそうなほどの力を誇っているのである。多少の悪など、排除してしまえるはずだ。魔王が攻めてくるようなことがなければ、健全にやってくれると信じている。
そうした煩雑な手続きが全て終わっているので、あらためてメイドは私に問いかけてきたのだろう。つまり、『カリナ・カサハラ』はどうするのかと。
当然、魔王を討ち果たすために旅に出るに決まっている。そうしなければ1000日後に世界は滅んでしまう。二年半の猶予があるとはいえ、のんびりするつもりもなかった。
確かに今の状況は気持ちがいい。年下の弟や妹に慕われて遊び、『霧の王』として出稼ぎ、このまま平和に暮らしていけるならそうしていたいくらいだ。同人ゲームの製作にふけっているよりもある意味充実している。
だが、これを壊されるなどということは、到底許容できないことだ。行かねばならない。
「私は、孤児院を出ます。あとのことは全て頼みました」
全て準備は終わっているのだ。
私は、行く。




