15「処断」
家の中にまで濃霧に包まれた。もはや見えない。
何一つ見ることは出来なくなっている。圧倒的な霧のために。
家人は、この霧が毒ではないかとまず心配し、疑うだろう。私にはそんなこと、どうでもいいことに成り果てている。
闇の中を一人だけ見通せるスコープを手に入れたような、そういう具合だ。先ほどのメイドのように霧の魔法を見通すような実力者は、そうそういない。私はまっすぐに屋敷の中を突き進む。
ふざけたことに、奥のほうから豪華な、脂ぎった料理の数々のにおいがするのだ。
つい先ほど、あれほどの火事がおこって多大な犠牲者をだしたところだというのに!
どうしてそのようなまねができるというのか、お前たちには、人の心がないのか! ああ、ないのだろう。そうでもなければ、あのような所業は絶対にできまい!
許せないのだ、結局は。私が、私が許せない。
「我が故郷を汚す、外道! 霧の王が天誅を下しに参った!」
私は大ホールの扉を蹴り上げ、強引に破って押し入った。
魔力で威力を増幅されたその蹴りで扉は吹き飛び、天井にぶち当たって砕け散る。破片がばらばらとホールの中に降り注いだ。霧の中におびえたような、壁に瀬を預ける者たち、床に伏せる者たちがみえる。
どうやら身内だけでの宴であるらしく、それほどの人数は見えない。せいぜい8名ほどだろう。
その中にはシュトーレを連れ去ったあの老人の姿もある。やはり、つながっていたのだ。
「誰だ、助けにきてくれたのか!?」
私の声が聞こえていなかったのか、そんな的外れなことを言うものがいた。この声には聞き覚えがある。村長の息子だ。たしか、ウィナンとかいったか。
はっきりと彼らには絶望を与える必要がある。私は喉に魔力をこめて、朗々とした通る声をつくって、放つ。
「我が名は霧の王!」
自分で叫んでおいてなんだが、予想以上に低く、まるで地響きのような声になってしまった。
コンピュータでエフェクトをかけたようなすさまじい音質で、文句なしの迫力だった。同時に、こめた魔力が強すぎたために音圧も凄まじい。この私の一喝だけで、パーティ料理の数々が突風にあったように吹っ飛んで、床に伏せている人間の背中に降り注いだくらいだ。
「きっ、霧の王!」
ひぃっ、とウィナンが叫んで床に伏せた。しっかり頭を両手で守りながら跪くような姿になっている。
「おい、メイド! どこにいった」
ご自慢のメイドを呼んでいるが、無駄なことだ。彼女なら失神している。
このまま一気に声で脅した後、魔法をいくらかぶちかましてしまおうと考えたが、霧の中に誰かが立ち上がった。
「老いぼれ魔法使いと思っておったが、霧の王が我らに何の用か」
それは、シュトーレを連れ去ったあの老人だった。明らかに人攫い。ヤフマーともつながりがあるかもしれない人物だ。
もう私は手加減なんてできない。もたもたしていたからこそ、クオードやシュトーレを喪う結果になったのだ。邪魔者は力ずくででも速やかに排除して、自分たちの安全を確保するべきなのだ。そうしなければ、今回の二の舞になる。
「魔法使い霧の王が、お前らのしている悪事に気づかぬとでも思っていたのか」
私は魔力を込めた声を、ふたたび絞った。
だいぶ前に小屋で朽ちてしまっている霧の王は、ここに干渉できるはずもない。言いたい放題に言っていいはずだ。
「おお。霧の王、お前は俗世のことなど好きにせよと。そういって我らとの接触を断ったのではなかったのか。
なぜ今更になって、我らを断罪しようなどと偉そうなことをいえた」
むっ。これは。
私は片方の眉をあげて、その老人を睨んだ。こいつは、霧の王のことを少し知っているらしい。
あの霧の王も、どうやら最初から世間のしがらみを疎んじて隠遁生活をしていたわけではないようだ。こいつらとも接触して、多少は甘い汁も吸っていたが、そのうちに正義感か何かで嫌になって足抜けしたというのが正解だろう。そうとしか思えない。
となれば、霧の王がここで言うべき言葉は決まっている。
「幼子を利用するような外道に落ちたお前たちに語る言葉もあるまい。
不幸に落ちていくとわかっている御霊を救済するのもまた、魔法を扱うものの使命であろう。
もはや貴様らに、かけらも遠慮はせん!
この場にいるもの全員、この村から消えうせよ!」
より強く魔力を込めて叫ぶと、この声はそのまま地鳴りと化した。
ホールにいた人間は全て、周囲の状況も見えないままに土下座している。必死に頭をたれて許しを乞う。
「わ、われら一同ほんのわずか魔がさし、このようなことをしてしまいました。
かならずや善政をしき、この分を取り戻すよう努力いたしますので、どうかお見逃しを」
村長などはあきれ果てたような理屈を述べている。
しかし、ウィナンにしても老人にしても同じようなことしか言っていない。
「ならぬ。貴様らは必ず同じ過ちを繰り返す。この村に残ることはまかりならぬ。
夜のうちにこの村を出よ。残っていれば、貴様らを消す。死体の影も残らぬようにして、痕跡も残らず消してくれる」
私はもちろん、彼らを許さない。
命を奪うまではしなかったが、確実に追放だけはする。これは、絶対だった。




