14「復讐」
クオードの屋敷に火を放ったのは、十中八九、村長の仕業だろう。そうでなければ、その息子。
私には彼らを許せそうになかった。確たる証拠をつかんだわけでもないが、もう今すぐにでも殴り込みをかけなければ気がすまない。どうにも、この気持ちをとめられそうになかった。
私自身が一番悪いのだ。クオードにすべて押し付ける形になってしまったこの結果が、何もかもを語っている。私自身が傷つけられることはなくて、クオードがすべてを失ってしまった。
今更気づいても無意味なことだが、おそらく村長たちは裏帳簿を探していたのだ。私が持ち去ってしまったあの裏帳簿を。
それからいくらもたたないうちに、自分たちの身辺を調べる人間がでてきたとなれば当然疑いはそこにいく。だから、クオードが裏帳簿を持っていると疑われてしまった。もしかしたら彼の家には村長たちの雇った盗賊が入ったかもしれないが、そこに裏帳簿はない。当たり前である。私が持っているのだから。
霧の王が使っていた隠れ家に置いてあるものが、クオードの家から回収できるはずもない。そこで最終的にはすべて焼き払ってしまうことにした、というのが真相ではないだろうか。他のパターンは今の私に考え付かない。だから、余計に腹が立つのだ。こんなに簡単に予見できることから、少し前の私は目をそらしていたのだから。どう考えたって、霧の王の隠れ家を見つけたことで有頂天になっていたとしか思えない。油断しすぎ、怠慢もいいところだ。
町中を霧で多い尽くすだけの魔力を持ちながら、カンスト状態の無敵の強さを誇りながら、たった一人の人間さえも救うことができなかったのだ。なんて無様なんだろうか。私は、カリナ・カサハラという女は、この世界にやってきてから初めて自分が恥ずかしいと思った。
クオードとシュトーレの死は、紛れもなくすべて私の責任。私が彼らを殺したも同然なんだ。
だから私は両腕に魔力をためて村長の屋敷を強く指差した。霧が生まれて、この夜を包んでいく。
私は自分の心にのしかかる罪悪感を払拭するように、ありったけの魔力を注いだ。霧が濃霧になって、これ以上はないというほど視界をふさいでも、それでも魔力を注ぎ続けた。それでも私の魔力は空にならない。
叫びだしたい。自分の失敗を取り返せない。もう、どうすることもできはしなかった。
クオードを失った今、はじまりの村の中に私が頼りにできる大人は一人も残っていない。孤児院の中にもだ。頼れるのはこの無尽蔵に近いほどの魔力、そして霧の王の残した隠れ家。それと、今までの行動で積み重ねた『霧の王』という名だ。
そう、今の私は『霧の王』だ。誰も私の姿をとらえることができない。
霧とともにあらわれ、思いのままに力を振るう魔法使い。
私は自分の心の中からカリナ・カサハラという存在を欠落させた。ただ、横暴を働いた村長を誅滅する霧の王。
自分の両手も見えないほど、視界を奪う濃霧の中で私はゆっくりと歩いていく。大きな門の前に立った私は、そこで堂々と水の魔法を練る。濃霧のせいで私の姿は誰にも見えない。
この水の魔法は霧の王の文献から覚えたものだ。今は、火を扱う気になれない。水がいい。この霧を集めたような、ただの水で。
ちらりと心の底をなめる憎悪という感情を振り払うために、私は大げさな手振りで力強く門を指差す。顔が冷たいのは、この濃霧のせいだ。
瞬間、私の指先から凄まじい量の水がほとばしった。放たれた水はほぼ一直線に前方に飛び、その衝撃であっけなく門を吹き飛ばしてしまう。
蛇口を最大まで開けた水道の、何百倍というほどの勢いと水量。『エギナ』を開発していたときにいた世界でさえ、これほどの水は。
まるで海の底に穴を開けたような、とんでもない水の放射。こんなものが指先から出ているとは、自分で信じられない。だが、現実に水が噴出し、門を破壊して吹き飛ばし、圧力ではるか遠くに押し出している。
その鉄製の門はやがて屋根に直撃し、鈍い破壊音を響かせた。
「な、なんだ!?」
村長の屋敷の中で誰かが叫ぶのが聞こえた。
私は門が吹き飛んでから数秒ほどで魔法を解いたが、屋敷にもかなり大きな穴が開いている。どうやら屋敷の入り口を開錠する手間が省けたようだ。
濃霧で私の姿は見えない。すたすたと歩いて屋敷の中に入り込むが、誰も彼も叫ぶばかりで全くその場から動けない。当たり前である。霧の魔法を全力で私がかけたのだ。建物の中であろうとも関係がない。完全に視界は奪われているはずだった。
この霧の中で見えるのは、私だけだ。
村長の姿を探して、私は屋敷の中を堂々と歩んでいく。彼を殺すかどうかは別にしても、何かしなければもう気がすみそうにない。
しかし、その途中で私は奇妙なものを見た。ほとんどの人間が濃霧の中で壁伝いによちよち歩きをしている中で、一人平然と歩く女の姿。
「そこにいるのは、以前にも屋敷に侵入した魔法使いですね」
彼女は振り返って、はっきりと私の方向を向いた。どうやらこの霧の魔法は彼女に通用していないらしい。見事だな、と感心する。霧の魔法が通用しないこと自体はそう珍しいことでもない。万能を誇る霧の魔法であるが、何体かのモンスターには無効設定がされている。
おそらくだがこの女はある程度魔法の心得があるのだろう。それで、以前の失敗から霧の魔法に対する策をいろいろと考えて実践したのかもしれない。
そう、この女は私と戦って風の魔法で吹き飛ばされて失神した、あのメイドである。見覚えのある顔なので、間違いないだろう。
もはや隠す必要もあるまい、と。私は正面から彼女と睨み合った。肉体年齢は5歳の女児である私だが、それで相手が油断するはずもない。
「霧の王。確かそう名乗りましたね、あなたは。幾度となく我が主の屋敷へ参られますが、何の御用なのですか」
臆することなく彼女はそんなことを問いかけてくる。
霧の王である私は正直にその質問に答えてやった。
「不正を働く村長と、その息子を誅するために参った。そこをどけ」
今の私は冷静になっているとは言いがたい。このメイドを相手に遊んでいる暇も、ない。
「そうは参りません、今の私は彼らに雇われている身。主に害なすものを放置してはおけません。お覚悟を」
言うなりメイドは飛び掛ってきたが、欠伸が出るほど遅い。私はそれをかわしてから、右手に溜めた魔力を電撃に変換して彼女に見舞った。スタンガンの要領だ。
バチリと痛そうな音が響き、ほんの一撃で彼女はしびれて動けなくなる。
痙攣する彼女を尻目に、私は屋敷の中を進んでいった。




