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霧の王  作者: zan
13/33

13「急転直下」

 霧の王の家を発見してからは、そこに引き篭もることが増えてきた。幻影を見せる魔法を使う手段を見つけたこともそれを後押ししている。

 孤児院の中には私が端のほうで座っているという姿を幻影で見せておけばそれで事足りてしまうからだ。

 反撃した一件以来、孤児たちも私を極力無視するように努めているので、何も問題ない。最低限の仕事だけやっておけば、後はどうにもでなる。

 シュトーレはきわめて平穏に、クオードの家で家事を手伝いながら暮らしているはずだった。

 さらにクオードは霧の王の言葉を一応は信じていて、どうにか孤児院の悪事を暴こうと奮闘している。


 その日も私は霧の王が残した書物を読み漁っていた。彼はどうやら魔法使いであったようだ。僧侶ではない。

 ということは、彼の残した魔法書の大半は私の役に立つ。捨て置けないことだ。

 片っ端から手をつけて、とにかく読んでみる。たとえ私のレベルが最大であったとしても、使い方がわからないのでは仕方がない。

 高度な呪文をいくつか、使い方を知ることが必要だ。使い勝手のいい最強魔法はまだにしても。

 知識が増えていく喜びというものもある。五才女児が難解な魔法書を読みふけってニヤニヤしているさまはとても他人に見せられるものではないが、どうせ私しかいないのだから問題ない。

 カリナ・カサハラの名はいささかも傷つかないのである。


 しばらく私は本を読み、うたた寝をして過ごしていた。

 すぐに後悔する事になった。

 焦げ臭い匂いで目が覚めたからだ。遠いところから、風に乗って火の匂いが漂っていた。

 いったい何が起こっているのか、私はぼろ毛布をマント代わりにして空に飛び上がった。その瞬間、何が燃えているのか明らかになった。

 町だ。始まりの町が燃えている。燃え上がっているのだった。

 急いで現場に急行する。


 凄まじい火勢だった。始まりの町がこのまま延焼だけで滅びてしまいかねないくらいのものだ。

 すぐにも魔法で消し飛ばしたいところだが、生半可な魔法では消し止められない。しかも、燃えているのは非常に見覚えのある建物だ。

 今まさに炎を吹き上げているのは、クオードの家。中に誰かいるのか、と私は一瞬だけ考えた。

 しかしもう手遅れだろう。そう思うしかない。

 水、とにかく水だ。火を消すには水。私は上空から有り余る魔力で練成した大量の水を打ち下ろした。

 手加減する暇もない。滝のように降り注いだ水によって、クオードの家を襲う災害は大火から洪水に切り替わり、消火にあたっていた人々を押し流してしまう。

 咄嗟のこととはいえやりすぎた!

 だが、悠長に考える暇などあったか。いや、なかった。

 魔力でつくられた水はすぐに止まったので大した被害はないようにみえる。水に押し倒されて驚いていた人たちもすぐに起き上がって消火活動を再開し始めた。

 少し反省した私はそれらを支援するべく、魔力を調整。周囲一帯に豪雨を見舞った。

 火はすぐに消し止められる。あれほどの火勢も、私のカンスト済みの魔力にはかなわない。かなわない。

 私が魔法使いであったからこそ、これほどの豪雨を生み出すことができた。僧侶ではこうすることもできなかっただろう。


 奇跡の雨と、そんな風にいわれた。

 間違いなく町が一つ焼失してしまいかねない大火だったのだ。それを防いだのだから、あの豪雨が自然現象だととらえられるはずもない。

 村長たちは自分たちの善行がこの奇跡を生んだとか、脳みそが膿んでいるようなことを言っている。

 それがあんまりに悔しいから、私はこの雨が『霧の王』の仕業だとふれてまわった。以前から霧の王の名前は村長の子やメイドさんに伝わっているはずなのでこれだけで効果はあったはずである。


「いいですか、カリナ」


 クオードは私に諭すような口調で言う。

 彼は重傷を負っていた。妻子を守るために、炎に立ち向かった結果だということはすぐにわかった。

 施療院の寝台にいる彼の身体は、膝下まで焦げている。真っ黒で、処置のしようもないはずだ。私が僧侶であるなら、彼を救うことは実にたやすい。レベルカンスト状態の僧侶なら彼を万全の状態に治療することも可能なのだ。体力を最大値まで、一瞬で回復させる魔法なんていうのは、レベル40程度で習得できる魔法だから。

 しかし私は魔法使いだ。魔法使いは、治療のための魔法を習得できない。徹底的に苦手な分野とされている。回復力を高めるとか体力を増強するとか、そうした補助的な回復さえもできない。できることは、デバフとアタック。敵を弱めること。攻撃すること。

 だから、私はクオードを助けられない。


「妻と子供には、逃げるようにいいました。つかまっていなければ、うまく逃げ延びているはずです。カリナ、あなたもそうするべきだと思います」

「シュトーレはどうなったんです」

「亡くなりました」


 あまりにもさらりと彼が口にしたので、私はかえって衝撃を受けなかった。


「焼死ですか」

「いえ、刺されたのです」

「誰に」


 思わず、声が低くなる。

 クオードの顔は火傷で腫れ、彼だとはわかりづらい。話しづらそうに彼は、私にだけ聞こえる声で言うのだ。

 誰かもわからない怪我人が詰め込まれた施療院の大部屋。私以外に、彼を彼だとわかる人間はいまい。彼が、家族を遠くに逃がしてしまったのであれば尚更。

 シュトーレの姿が見えないので、再度どこかへ誘拐されたのかと思っていたが、刺されたという。


「わかりません。数名で。ですが、一人は女性であるように見えました」

「そう。ありがとう」


 女性というところから、私の頭に容疑者がひとり浮かび上がった。

 しかし、それよりも今はシュトーレとクオードのことだ。死んだといわれても、私はまだ彼女の遺体を確認していない。確かめなければならないだろう。彼女を助け出した私にも、責任の一端はある。


「あなたに言うのは酷ですが、あの孤児院にいてはいけません。あそこを出て、北へ行ってください。森をこえたところにある町に、私の弟がいますから、彼を頼るといいと思います」

「私は5歳の女の子です。クオード」

「大丈夫です、あなたならきっと」


 多分彼は、私だけではなくて孤児院にいる他の子供たちも救いたかったのだろう。

 しかしそれに失敗したのか。どういう具合でこんなことになったのか、私にはわからない。霧の王の残したものをあさるのに忙しかったから。


「クオード、あなたはもう助からない。これほどの火傷を負って助かった事例はない」


 もう子供口調などつくっていられない、私はクオードにはっきり告げた。

 そして、きっぱりと断言する。


「あなたを頼ってしまったことを、私は恥じます。こうなることを、予想できなかった自分が情けない」

「子供が大人を頼るのは当然でしょう、カリナ。私は自分のしたことを後悔していません」


 私はそれ以上、何も言うことができない。クオードに巻かれた包帯は次々と変色し、彼の臓器は死んでいく。間もなく彼は昏睡して、そのまま亡くなるものと予想された。

 彼に誰一人医師がついていないのは、手の施しようがないと判断されたからである。あるいは、彼が生きていると都合が悪いと思った誰かが、手を回しているのかもしれない。


「少し疲れました。休ませてくれますか、カリナ」

「はい。おやすみなさい、クオード」


 そんな言葉を最後に交わして、私はクオードの傍を離れた。そのまま施療院を出る。

 水浸しの道を抜けて、私はまっすぐに村長の屋敷に向かう。

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