10「アジト」
霧の王、という名に心当たりはない。『エギナ』にはそのようなNPCは存在していないからだ。
そもそも、本編が始まるよりも10年近くも前の時代なのだ。
ウィナンというこの村長の息子が何を考えているのかはわからないが、とりあえずどうするべきだろうか? 殺してしまうのはたやすい。だが、それでは面倒が起こるだろう。
私はひとまずカマをかけてみることにした。
「そうだ、私が霧の王だ。その名を覚えている人間がいようとはな」
偉そうにそんなことを言ってみる。
するとウィナンは諦めたように息を吐いて、べらべらとしゃべりはじめる。
「畜生、世捨て人の魔法使い崩れがっ、今更こんな田舎に出てきて何しようって言うんだ。女でも欲しいのか」
この口ぶりからすると、別に伝説の偉大な魔法使いとか言うものでもないらしい。
実在して、世の中に絶望してどこかに引きこもってしまった魔法使いといったところだろうか。
当人がどこにいるのかは知らないが、その名前を騙ってしまうとまずいことになるだろうか? いや勝手に勘違いをさせるだけなら問題なかっただろうが、さっき名乗ってしまった。
「特に何も。お前は勘違いをしているようだ。
私はお前の知っている霧の王ではない。奴よりも強大で、凶悪な、真のものだ。
そもそも私は女である。霧の女王、と名乗るべきか」
私はさらに虚言を重ねてみた。どうせウィナンの記憶は抹消するのだから、何を言っても問題ない。
拷問でもして情報を搾り出してみるのもいいかもしれないが、それもなんだか味気ない。もう少し状況を楽しんでみたかった。
「なんだと、じゃああいつよりも凶悪なのか。俺をとって食うつもりなのかよ、畜生」
「そうだ。お前は人体実験の材料にする」
なんだか面白いので、話をあわせてみる。
このままいくと、『エギナ』の本編が破壊されそうな気になる。そうなった場合……。
待て。そうなったら、どうなるのだ?
いったいどういう展開になるのか逆に気になる始末だ。
この世界は特段、禁止事項などありはしないだろう。
『エギナ』の世界に酷似していて私が物凄い力をもっているということだけであって、何も本編のストーリーに沿って生きなければならないなどという制約はあるまい。
いっそのこと、この世界のからくりを根底から破壊してみるのも一興ではないだろうか。
今の私は、クオードとシュトーレさえ守れればそれでいいのであるから。あとは精精、クオードの家族くらいか。
記憶消去の魔法は、『エギナ』では相手の魔法を封じる魔法として使われている。
相手の魔物の記憶から魔法に関する知識を消して特技を封印するという具合だが、器用さが限界を超えている今の私には特定の記憶だけを消し去る魔法としても使用可能だった。
あえて、記憶を消さずに脅しをかけておいてもよい。どうせ、あの孤児院にこだわる必要性など薄れている。
いざともなれば、なんでもやって生きていけるはずだ。
「お前を捕らえて、魔法実験の餌食にしてやる! ウィナンとやら、覚悟するのだな」
私は図に乗って、脅しをかけた。
ところが、ウィナンとやらはそれだけで失神してしまう。
拍子抜けしてしまった。もっと楽しめるかと思ったのだが、残念きわまる。
やれやれと私は思ったが、とりあえず素性がばれてはあまり楽しくないと思い直す。
そこで、記憶消去の魔法を用いてウィナンとメイドの記憶から『侵入者の顔』だけを消し去った。私を特定する要素はかなり減じるだろう。
あとは、シュトーレを助け出すだけだ。ここまでやってしまったからには、遠慮しても無駄だろう。
堂々と歩き回り、私は隅々まで屋敷を探し回ったが、シュトーレを発見できない。
もしや、すでにシュトーレは引き渡されてしまったのだろうか。
ヤフマーを探しにいかなければならない。
考えてみれば、ウィナンとやらがここにいたのは、ヤフマーにシュトーレを引き渡すために出かけていて、戻ってきたからではないだろうか。そう考えれば辻褄が合う。
しかしその当のウィナンはすっかり気を失ってのびている。
かまわず、私はウィナンをたたき起こして脅しをかけ、ヤフマーの居場所を聞き出した。
山中にアジトがあるらしい。そこに行かなければならない。
移動魔法は僧侶の得意領域。魔法使いは精精、空を飛ぶ飛行魔法くらいがいいところだ。
それでも移動するためには仕方がない。それを使った。
羽織っているぼろきれが風にわさわさとはためいているが、とりあえず無視する。明るいうちに、ヤフマーのアジトを見つけ出したかったからである。
空高く飛び上がってアジトを探すと、あっけなく集落のようなものが見つかった。ここがアジトだろう。
私は遠慮もなく、その中央に降り立った。
周囲では屈強、汗臭そうな男たちがなにやら作業をしているところだった。奪ってきた金品の管理、武器の手入れ、そして女たちを嬲っている。
私は逃げも隠れもしていない。堂々と彼らの前に下りた。彼らは私に気づいて、注目している。
「なんだお前、どっから逃げてきた? おい、牢に戻しとけ!」
彼らは私を、捕らえた女の中の一人だと勘違いしたらしい。即座に捕獲命令がだされて、彼らは私に挑んでくる。
面倒だったので、私は即座に霧の魔法を使った。
アジトの中は濃霧に包まれ、視界が極端に悪くなる。もはや、自らの伸ばした手の先も見えないほどだ。
「なんだってんだ、こりゃ。おい、てめえら逃がすんじゃねえぞ」
そんな中でも元気に指示を飛ばす男がいたが、私が少し動いただけで彼らは私をすっかり見失ってしまっている。何もできようはずがない。
私は男の一人に近づいてその足を払ってやった。彼の足はそれだけで無残に砕けてしまい、無様にひっくりかえった。
同情はしないが、あわれではある。彼の耳元で、冷徹な声をつくって囁いてやった。
「私は霧の王だ。お前たちの所業を断罪にやってきた。素直に吐けば命だけは助けてやる。
さあ、言ってもらおうか。今日、ここにやってきた娘はどこにいる?」




