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霧の王  作者: zan
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01「クリエイターA」

 とりあえずデバッグ作業は終わりかかっていた。もう少しである。

 時計を見上げると、既に午前二時を過ぎている。

 ああ、これはもう明日の午前中は寝て終わるな。

 そんな覚悟が固まってしまう。自分は一度寝てしまうと深い眠りに落ちて、すっかり睡眠欲が満たされるまで目覚めない。そのように自覚している。


 私はどこにでもいる、同人ゲームのクリエイターだ。

 今度出品するゲームはなかなかの力作で、3DアクションにRPG要素を詰め込んだ自信作。

 主人公は剣士、盗賊、僧侶、魔法使いから選ぶことができる。四人の主人公はそれぞれ得意とする武器があり、戦い方も違う。つまり、剣士と盗賊では全く異なる立ち回りが要求されるのだ。

 しかも、成長する要素はある程度プレイヤーが選ぶことが可能。剣士にしても、その成長要素の選択次第で防御力に特化した重戦車のような剣士にすることも、素早さに特化した盗賊顔負けの神速剣士にすることも可能なのである。

 主人公によってエンディングは当然違っているし、途中の行動によってはエンディングが変化するマルチエンディングである。

 こうしたゲームなのだが、まあ恐らく売れるだろう。それは間違いない。

 間違いないのだが、大勢の人間がプレイすると、予期せぬ行動をとるプレイヤーが出るものだ。例えばどう見ても通過できそうにないところを連続ジャンプで超えられないかと延々と試行する奴とか。その結果、予想もしないバグが発見されて、恐ろしい結果となる。

 キャラクターが死ぬとかそんな程度ならいいのだが、コンピュータの他のデータを破壊したりするようなとんでもないバグに化ける可能性もないとはいえない。

 そこで私は延々とこうしてデバッグしてバグとりをする作業に追われているわけだ。

 これでまあよかろうという程度にまでデバッグできたのが、およそ午前四時だった。


 翌日の昼ごろ、目覚めた私は次の段階に動いた。

 デバッグが終わったと同時に、共同で作成している仲間にメールを送っておいたのである。内容はこのゲーム『エギナ』のエンディングに関するものだ。

 同人ゲーム『エギナ』は中世ヨーロッパ風の異世界を舞台としたファンタジーものだ。

 シナリオは非常にシンプルであり、主人公である勇者が、魔王を討伐する。それだけである。問題はエンディング後に、勇者であるプレイヤーキャラクターがどうなったのかというところだ。

 そこを眠気の限界をおして書き上げ、エンディングテロップ作成の担当者に送っておいた。

 現在、その返信メールについてきたプログラムをゲーム本体に組み込んでいる。


「剣士のエンディングはやっぱり、城に戻って結婚エンドがグッドエンド。姫様とのツーショットの一枚絵表示か。こんなもんだろう。

 トゥルーエンドだと城で召抱えられて剣の指南役。この場合幼馴染の少女と結婚だな。それをにおわす一枚絵ありと」


 基本的にトゥルーエンドとグッドエンドの分岐だが、実はバッドエンドもある。

 剣士のバッドエンドだと魔王は復活してしまい、プレイヤーは終わり無き戦いの中で死んでしまうことになる。


「盗賊はトゥルーエンドで世界を救ったことで罪が免じられて、自由の身になって旅に出る。サワヤカな表情の一枚絵あり。

 グッドエンドだと助けた女の子を養うために盗賊団を結成する。結婚は無理だけど、幸せそうな女の子との一枚絵がついてる」


 バッドエンドだと勿論、罪は免じられずに収監されることになる。


「僧侶のトゥルーエンドはそのまま神様に祈り続けて普通に大神官とかになる。厳かな表情の一枚絵。

 グッドエンドは故郷の田舎町の教会で司祭になって、近所の子供たちに慕われて、囲まれる一枚絵ありのエンディングと。

 これが一番好きなエンディングだなあ」


 バッドエンドの場合、教会の派閥争いに巻き込まれて若くして亡くなってしまう。


「最後は魔法使いか。魔法使いはなあ。魔王を倒したのはいいけど、魔力を使いすぎて力尽きる。

 トゥルーエンドだとそのまま終了で、誰も彼女に感謝しない。無常観が出ていていいかもね。

 グッドエンドだと残った痕跡からプレイヤーがやったということが世に知れて吟遊詩人が歌を歌ってくれる、と」


 さらにバッドエンドの場合は余計な罪を背負わされて墓石を破壊されるとかそんなオチがある。


 エンディングテロップは、担当者の文才もあって結構詳細に書かれている。剣士エンドでの幼馴染の照れ描写などは異様に気合いが入っているところを見ると、彼のお気に入りなのかもしれない。

 4キャラぶんのプログラムを組み込み終わると、その状態でとりあえず保存する。

 ちゃんとエンディングが分岐するか、テストプレーをしなくてはならない。私はとりあえず剣士からスタートすることにした。


 『エギナ』を一周するのにかかるプレイ時間は3時間程度である。慣れたプレイヤーなら2時間くらいだろう。よほどアクションが苦手という人でも地道にレベルを上げれば必ずクリアできる。その場合でも6時間以上かかるということは考えられない。

 軽くサクッとクリアできるように調整してあるのだ。

 とはいえ、もっと長く楽しみたい人のために、拡張追加ディスクを販売することも検討していいかもしれない。

 それはともかく、とりあえずテストプレーだ。

 私は開発者なので『エギナ』のことは知り尽くしており、しかもテストプレーということで最初からキャラクターのレベルは最高であり戦闘は楽勝で終わるが、迷宮の踏破やトラップの解除に時間がかかる。さすがに一時間程度でクリアということはできない。

 分岐前のセーブ&ロードまで駆使してエンディングをコンプリートしていくが、それでもかなりの時間をとられた。しかし、今のところ特にこれといったバグは見つからない。問題なくエンディングも分岐しているようだ。

 まあ私が組んだのだから、そう簡単にバグを吐いてもらっては困るのだが。散々デバッグをやった甲斐もあったというものである。

 僧侶のテストプレーまで終わる頃にはもう外は真っ暗になっていた。

 実はこのゲーム、僧侶の魔法力を限界まで上げると最強の聖属性魔法を覚える。それを駆使して戦うと、最強の防御力を誇る魔王城のガーディアンどもですら紙細工のように砕けていくのである。そのさまはなかなか爽快だった。

 さてあとは、あまり気乗りしないが魔法使いのテストプレーだ。

 始めるか、とキャラクター選択画面で魔法使いを決定。

 その瞬間だった。電話が鳴る。


 電話をとった私が聞いたのは、最悪の報告だった。

 中世欧米風の世界を題材にしたファンタジーゲームの中毒者が、大惨事を引き起こしたというのだ。

 あわててニュースサイトを検索してみると、でるわでるわ。私がテストプレーをしている間、世間の話題はコレ一色だったらしい。

 しかもその、ファンタジーゲームというのが我が同人サークルが開発したものなのだった。


 私が開発したゲームではない。我が同人サークルは幾度か代表者が代わっている。件のゲームは先代の代表者が指導して作り上げたものだ。

 リアルなスプラッタ描写と重厚な世界観、奴隷システムまで取り入れた本格的なものであり、爆発的な人気を誇った。我がサークルの看板作品だったといってもよい。

 だった、というのは私の代になってから構成メンバーが減少してしまい、大した作品がつくれなくなってしまったからである。

 そこで多少の無理を押しても『エギナ』という大作を発表し、かつての栄光を取り戻そうとしたのだが、それは無意味になってしまった。

 先程の電話で、しばらくサークル活動は自粛するようにとの通達があった。先代の代表者からのものである。

 不遇にも、『エギナ』というゲームは世に出ることなく終わることになるかもしれない。開発中止だ。

 時間をおいて発表するにしても、ファンタジーゲームでは無理だろう。シナリオは作り直さざるを得ない。


 私は自棄酒をするために、『エギナ』をそのままにして外出した。

 財布の限界まで飲み明かすつもりだった。

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