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忍学

「おーい席に着けぇ。それじゃ編入生を紹介する」

 優雅は自分のクラス担当の教員に自己紹介を促され、やや緊張気味に答えた。

「相沢優雅です……よろしく」

 なんとも素っ気ない挨拶だろうかと優雅自身思ったが、ほかに何を言えばいいか分からないのでとりあえず、ぎこちなくも笑って誤魔化すことにした。

 しかし目の前の少年少女達には優雅の内心などわかるわけもなく、ひそひそと男女に分かれて話している。男女で会話は全く違った。男子の方は何やら殺気に満ちた視線で優雅を見つめ、こんなやつがうちのクラスでいいのか?などあまり歓迎されているようには見えなかった。

 一方、女子はというと、きぁぁなんか男の子って感じ?そうだね、格好いいっていうよりかわいいって感じよね。どっちにしろ合格よ合格。などなにやら好評化?のようではあった。しかしそれは一人の男の発言によって遮られる。

「先生!編入生がいきなりAクラスなんかでいいんですか?

 そいつ、見たところ大して実力があるとは思えないんですけど」

 そしてこの男子生徒一人によって、優雅をあまり歓迎していなかった男子生徒がそうだと言わんばかりに担任に抗議し始める。女子生徒は一応優雅を庇うように、ちょっと男子!せっかくかわいい子がきてくれたんだから変ないちゃもんつけないでよね。と、わけのわからないことをいっているが、男子の抗議は収まらなかった。どうやら優雅の実力がこのクラスにはふさわしくないと思われているようだ。

優雅が戸惑いの表情を浮かべ固まっているとようやく担任が声を発した。

「おーい少し黙れぇ、でないと殺すよぉ?」

 なっ?いまこの先生とんでもないこと言わなかったか?と優雅は隣に立った担任の顔を見上げた。そして同時に教室内も静まり返った。

「よろしい。えぇまぁ男子の意見はもっともなとこだと先生も思うよ?でもこれは先生の判断ではないからどうしようもない。ということで今から彼の実力と君たちが休みで鈍ってないかを見るために実技訓練をしようと思うんだけど、文句ないよね?」

 ……なんだかこの先生優しそうに見えて意外と口悪くないか?と優雅は思いつつ、顔には出さないようにした。

 そこへ再び最初に声を上げた男子が問う。

「それはつまりそいつがこのクラスにふさわしくなかった場合は下のクラスへ行ってもらうということでよろしいですか?」

「まぁそういうことだね。先生としてはできれば仲良くやってもらいたいところだけど、実力の伴わないものを置いとくわけにもいかないからね。君もそれでいいかな?編入生君」

 へっ?いきなり話を振られた優雅は少し戸惑ってから、

「はぁ。まぁいいんじゃないでしょうか」

 と答えた。実際、校内事情をしらない優雅にはこう答えるいがいにはなかった。


 そして担任の指示のもと、全員でぞろぞろと移動を開始する。優雅は担任から皆についてきなさいと言われ、最後尾からついていくことにした。


 移動中、前を歩く女子の集団に囲まれ、どこから来たの?などいろいろ聞かれたため、答える代わりに忍学についていくつか尋ねた。

 それによるとここは各学年SクラスからDクラスの五クラスあり、二年生はA~Dクラスは各五十名、Sクラス二十五名で編成されており、全二百二十五名がSクラスから順に成績上位者で編成されているらしい。つまり優雅の入るAクラスは少なくとも成績が二番目に良いクラスということだ。確かにそんなところへ実力も実績もわからない編入生が入ってきたのだから歓迎されないのは当然と言えば当然である。

 そうこうしている間に実技訓練用の建物へ到着し、そのまま中へと入っていく。

 もちろん中には空間結界がかけられており、およそ一般の体育館程度の広さになっていた。

「さて、皆揃っているかな?では相沢優雅君こちらへ来てください」

 担任に呼ばれた優雅は指示どうり前へと出た。

「いまから君の力を見ようと思うのですが相手をどうしましょうかねぇ」

 はぁ…それをおれに聞かれても、と優雅は思ったが、教室で最初に声を上げた男子により相手は決まった。

「先生。なんならおれが相手をしますよ?」

「水谷君ですか……まぁ君なら手加減もできますし問題ないでしょう。

 ということで君の相手は彼です」

「……わかりました」

 優雅は名乗りを上げた男子を見て何やら考えてから返事をした。


 優雅と水谷というらしい男子は部屋の中央へと移動し、向かい合って距離をとった。

「一応手加減はしてやるが怪我をしても文句言うなよ?ここはそういう場所だ。

 まぁうちのクラスには治癒忍術の使えるやつがそれなりにいるから安心しろよ」

「それはどうも。それを聞いて安心したよ」

 優雅は水谷の発言に対してやや控えめに答えた。

 しかし優雅は特に自分の心配をしているわけではなかった。

(はっ。馬鹿かこいつ?手加減なんてするわけねぇだろ。てめぇみてぇな軟弱そうなやつがこのクラスでやっていけるはずがねぇ!だからおれが遠慮なく下のクラスに送ってやるよ。まぁそのあともこの学園に通う度胸があったらの話だがな)

「ではそろそろ始めますよぉ?それからこれは勝負ではなくあくまで力を見るだけですので先生が止めと言ったらすぐにやめること。いいですね?では始め!」

 先生の合図とともにすぐ動き出したのは水谷だ。

 両手をパンッと胸の前で合わせる。ちなみにこれは忍術を使う前の動作の一つだ。この動作は個々で様々だが、ほとんどのものが両の掌を合わせるか、片手を軽く握り人差し指を立てて胸の前に出すかで行っている。

 水谷はその後、床へと掌を着けた。そして何かを口にする。するとそこから優雅へ向けて床が一直線に盛り上がる。まるで巨大モグラが優雅めがけて突進しているようだ。

 どうやら水谷は土遁系忍術者のようだ。土遁は火、水、風と同じくもっとも多くの忍術者が使う忍術の一つだ。


 忍術は遥か昔、日本に住む一人の少年が風を操ってみたいという強い思いに駆られ、修行の末、操ることに成功したことから生まれた。以来、長い時を経て様々な忍術が生まれ、現在では日本は世界が注目する忍び大国として知られている。

 そして忍術を発動する際にはイメージ力が最も必要とされる。例えば、風を操る際、ただ操るだけではそこらで強風が吹くのと大差ない。鎌鼬や圧縮による砲弾(ようは目に見える小さな台風の塊)といったように個々で発動したい技の形をイメージしなければならないということだ。さらに忍術名を口に出すことでイメージしやすくするのも一つの手だ。

 しかし、様々な忍術があっても一人が使えるようになる忍術はほとんどのものが一系統である。たとえ二系統の忍術を使えたとしても、最初に忍術の才能を開花させた際に覚えた系統と、あとから覚えた系統では明らかに完成度に差が出る。

 したがって、自分の理想と系統が違ったとしても最初に自然と覚えた系統をしっかり高めた方が高率的で確実である。


 優雅は水谷の放った忍術に対してぎりぎりまで引き付けてから冷静横へと飛んだ。

 そこへ着地に合わせたよ様に水谷が優雅の懐へと間合いを詰める。そして土で強化したような右拳が優雅の腹部へアッパーのようにして撃ち込まれようとしている。

 このとき、この場にいる優雅以外のものが勝負ありと思ったことだろう。実際、男子はよし決まった!終わりだ。などと言っているし、女子もきゃ~あぶない!とか叫んでいる。

 先生に至っては、やれやれ手加減するのではなかったのですか?というような表情だ。

 だがそんな期待を裏切るように水谷の拳は優雅の身体をすり抜けた。

 パッと見、水谷の拳は優雅の腹部を貫通してしまったようにも見えただろう。それだけ殺気のこもった一撃だったのは確かだった。

 しかし、直後優雅の身体は接続不良の映像の様にブレて消えた。

 水谷は、なっ!と信じられない状況に固まった。そこへ突如水谷の背後に現れた優雅によって首元に手刀を当てられ、膝から崩れるように意識を失った。勝負ありだ。              

 一瞬だった。だが別に達人同士の立ち合いが一瞬で決まるといったものではない。単に優雅と水谷の間の実力にあまりにも差がありすぎたのだ。

 優雅は倒れた水谷からゆっくり視線を戻し、同時に手刀を下ろして周りを見ると、クラスメイト全員がポカンとした表情で倒れた水谷とその隣に立つ優雅を見つめていた。

 なぜ皆固まっているのかいまいち理解できない優雅は人差し指でこめかみをポリポリと掻いた。そしてようやく優雅へと声をかけるものが現れた。優雅の担任である桜井先生だ。

「いやぁ素晴らしいスピードだね。まさか残像を作り出すほどとは」

 桜井先生の発言によりようやく固まっていた周囲が、うそ?残像!それってできる人ほとんどいない高等体術の?と声を漏らす。

 たしかに残像を生み出すほどの超スピードは並大抵の体術訓練では到底成し得なく、ごく一部のものしか使えない高等体術である。しかし優雅にとってはある条件のおかげでそれほど大それたものではなかった。

「いえ、それほどでもありません」

 優雅は本当にそう思っていた。

「ふふ。そうですか。だれか水谷君を治療棟へ運んできてください。

 ……さて困りましたね」

 桜井先生は軽く笑ってから生徒に指示をし今度は困った顔をする。優雅は、?という表情で桜井先生を見る。

「いやね実は彼、水谷君はこのAクラスの第四位だったのですが…。

 その彼を一瞬で気絶させてしまった君の力は素晴らしいです。

 ですがそれは単に君の力が水谷君より上だったというのがわかっただけで肝心のどの程度すごいのかがわかりません。

 あいにく彼より上位の人たちは任務へ行ってしまっていて、彼より腕の立つものはいないんですよ」

「はぁ。ではここまでということですか?」

 優雅は少し物足りないというような表情で答えたがそこへこの場にはいなかったものの声が優雅の背後から聞こえる。

「なら彼の相手は私がしよう」

「霧島主任!」

 桜井先生の声とともに優雅はパッと振り返った。

「桜井先生、彼の相手は私が勤めます。きみも構わないだろう?

先ほどのあれでは物足りなさそうだったが?」

 優雅は目の前まで来たいかにも戦闘タイプですと言わんばかりの体つきをした霧島主任と言われる男を見つめ、黙ったまま一つ頷いた。

「よろしい」

「わかりました。霧島先生がそうおっしゃるなら。ではさっそく始めましょう」

 桜井先生の了承の後、優雅と霧島先生は部屋の中央へと向かう。

 中央へ移動した優雅の表情はどこかわくわくしていた。それは相手である霧島先生の力量が自分の力量に近いものと思わせたからだ。油断していたとはいえ、優雅は常に周りへの警戒はしている。だが背後から声を聞くまで気配に気づくことができなかった。気配を完全に消すのは優雅達忍術者にとって決して容易なものではなかった。

 忍術者が気配を断つにはだれしも必ず持って生まれる気を完全に消さなければならない。気には内気ないき外気がいきがある。

 内気はその名の通り身体の内側、つまり身体能力の向上、または強化に連なるものであ

る。これは忍術者でなくとも扱うことができ、剣術や武術、スポーツといった様々な種目の達人、アスリートと呼ばれるものに必要とされる気だ。

 そして外気は忍術を使うのに必要不可欠な気である。これは生まれつき持ってはいるが個々の努力で生まれてから一五年以内に自ら開花させなければ一生扱うことができない。もちろん例外はあるが。その外気を幸運にも開花させることができたものだけが忍学への入学資格を得ることができ、忍術者と呼ばれることになる。

 忍術者が気配を消すにはこの二つの気をコントロールしなければならないため、極めて困難であり、また忍術者が最初に習うものでもあった。

 優雅はこの気が少しでも周囲へ漏れ出していれば気づくことが可能だ。だが今回は全く気付けなかった。

 故に目の前の男が相当な実力者であることは容易に予想できた。そしてこうして向かい合って見てそれは確信に変わった。この、強者を前にした独特の緊張感は約一年ぶり、両親との最後の訓練をしたあの日以来だったため、優雅の口元は自然とニヤリと緩んだ。

「はっはっは。あまり怖い顔をするな。これは君の力を見るための言わば模擬戦。

 そう気合を入れなくともいいぞ。私は忍術は使わない。だが君は好きにすればよい。

 私の名前は霧島剛きりしまごう。これでも君たち二年生の主任を務めている。

 遠慮はいらない」

 目の前の男、霧島先生の言葉を聞き優雅は少々呆気にとられたが自分の思っている以上に力が入っていることに気づき、軽く肩の力を抜いた。

「うむ。ではそろそろ始めるとしよう。先手は私からでもいいかな?」

「……はい」

 周囲に緊張が走る。クラスメイト達は二人を無言で見つめていた。

「いくぞ!」

掛け声とともに霧島先生は優雅めがけて距離を詰める。

「はやいっ!」

 優雅はそういいながら顔面めがけて飛んできた拳を紙一重でかわし、水谷の時と同様、

後ろをとって首筋めがけて手刀を打ち込む。だがそれは素早く振り向いた霧島先生によって弾かれる。

 くっ!と言って優雅は後ろへ飛び、今一度距離をとった。

(……今のは……?)

 優雅は霧島先生の動きに疑問を感じた。優雅ですら思わず、速いと口に出してしまうほどのスピード。

まるで自分と……。

 そんなことを思ったが直後、霧島先生が再度距離を詰めてきたので考えるのはやめた。

 そしてそこから二人の驚異的なスピードによる攻防が始まる。

 相手の攻撃を受けてはかわし、反撃する。この攻防をはっきり見えているのはおそらくこの場には当人たち二人しかいないだろう。

 呆然としたクラスメイトの視線が飛び交う中、この攻防は三分ほど続いた。

 たかが三分だと思うかもしれない。しかしこれほどの速さで両者が打ち合っているのだ。当人たちからすればとても長く感じるほどの時間だろう。

 攻防の中、優雅は自分の身体のある異変に気付く。

 一年のブランクはどうやら思った以上に動きを鈍らせていたようだ。

 目では完全に相手の動きをとらえている。だが身体がついてこなかった。

 そこに一瞬の隙ができた。

 霧島先生の振りぬいた蹴りが横から脇腹へともろに入る。

 優雅の身体はそのまま吹っ飛び壁を破壊するほどの勢いでぶつかった。女子の方からきゃぁ、と悲鳴が上がる。そんな中、霧島先生は崩れた壁の前に立った。しかし瓦礫に埋もれた優雅は出てこない。

「無事か?相沢」

 霧島先生の呼びかけの後、ガラっと瓦礫をどかし優雅が出てくる。

「ええ、まぁ。というより今のでようやく調子が戻ってきました」

笑いながら優雅が答える。

「そうか。ふふ、だがここまでにしよう。君の力は十分よくわかった」

 優雅のやる気とは反対に霧島先生はこう答えた。

 優雅はそれを聞き、はぁ、と納得いかないようだったがやむなく了承した。

「桜井先生、彼はAクラスに必要な実力を十分もっています。

 それどころかSクラスにも劣らないでしょう。私が認めます」

「霧島先生が仰るならこちらに異存はありません。というより私は始めから彼を迎え入れるつもりでしたけどね」

「そうですか。さすがは桜井先生、いらない心配でした」

「いえいえ、霧島先生に比べれば私ごとき大したことありませんよ」

「……ご謙遜を。

 相沢?君はクラスのものの自己紹介は受けたか?」

 それまで優雅そっちのけで話をしていた二人だったかが、突然優雅へとふられた。

「いえ、まったく」

「そうか、なら君はクラス全員と順番に相手をしなさい。自己紹介もかねてな。

 だが君は皆の攻撃を受けるかかわすだけだ。いいな?

 私は少々桜井先生とはなしをする」

優雅は霧島先生の指示にわかりましたと答え、クラスメイトの方へと歩み寄る。

「ああ、そうだ、相沢」

再度霧島先生が優雅へ声をかける。

「話があるからこの授業が終わったら教員棟の私の所へきてくれ」

 何の話だろう?と優雅は首を傾げたが霧島先生は桜井先生と話をし始めたので優雅もクラスメイトの相手をすることにした。

 さて、だれからやろうかと思った優雅だったが、幸いこのクラスの女子は行動力があるのか我先にと優雅の下へ駆け寄ってきた。


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