編入
「親父、母さん・・・・・・おれ決めたよ。
忍学に行く。そんで自分なりに納得いくまで調べるよ・・・・・・」
優雅はそれだけ言うと相沢家と刻まれた墓石の前から反転しもと来た道へと歩き始めた。
優雅が両親の知らせを叔母である瑞希から聞いたのは両親を見送った日から半年もたった後だった。優雅自身も3ヶ月過ぎても帰ってくる気配がなかったことには若干の不安があったのは確かだった。いつもなら遅くともそのくらいには仕事を片付けて帰ってくるからだ。しかし、あの2人に限ってこの結果は正直信じがたいものだった。
だが、両親が受けた仕事・・・・・・いや任務は実際に命に関わるものがほとんどだ。が、両親はこの世界では最強コンビと言われるほどの実力者だった。にも関わらず、死、という形での任務失敗という上層部の判断はあまりにも安易すぎる。
しかし、逆にそれほどの実力者だったからこそこの知らせを認めざるをえなかった。両親は任務の際、7日に一度は定時連絡を入れていたらしい。だが今回初めてそれが途絶えた。そして3ヶ月たっても連絡がなかったという事だった。
もし何らかの原因で動けない状態であっても3ヶ月もの時間があればあの2人ならなんとしても連絡を入れてくるはず。それだけの信頼と実績が両親にはあった。
それは優雅も瑞希も認めている。だからこそ一応はこの結果を認めた。
しかし、知らせを受けてから1週間、ふと両親の部屋へと入った優雅は机の上に置かれた書き置きを見つけた。
そこには父親の字で一言、『忍学へ行け!優雅』と書かれていた。
優雅にはこの言葉がどうも引っかかってしょうがなかった。もちろんこれがただの両親の願いである可能性もある。子供の頃からその気持ちが両親にはあったことは確かだ。だが優雅は一般の高校へと進学した。両親もこれといって反対する事はなかった。だからこそなにか意味があるように思えた。
そこからの優雅の行動は速かった。
瑞希に話してすぐに転校の手続きをしてもらうまではよかった。しかし肝心の転校先である忍学が年の途中での編入を認めないらしく、4月1日の今日まで待つ羽目になってしまったのだ。
優雅は眠ってもいない両親の墓参りを終え瑞希の運転する車の助手席へと乗り込み、ふぅっと一息ついた。
「あら優雅くん、お疲れ?それとも緊張しているの?」
車を発進させながら瑞希が笑みを浮かべて問いかけてくる。
「いえ、そういう訳じゃないですけど・・・・・・」
優雅はどこかあやふやに答えた。
「大丈夫よ。優雅くんの実力なら何も心配いらないわ。
むしろ歓迎されるんじゃないかしら。これから通う中央学園はね」
いくらか気になる言い方だったが考えている間に車は目的地へと到着した。
車を降りるとそこには、一見普通の高校が存在していた。だがここは資格を持つものが校門をくぐればそこにはまったく別の光景が広がる。およそ普通の高校の10倍以上の敷地、その中に校舎だと思われる建物が三つ。そのほかにもいたるところに建物があるが何をするところかわからないのでひとまず置いておく。
「優雅くんは見るの初めてよね?すごいでしょ?
一応この業界で一番最近できた学園よ。そして私の母校。
それがこの忍耐術者育成施設中央学園。通称、忍学よ」
そう。ここが今日から優雅が通う学園だ。名称からもわかるようにただの学園ではない。ここは忍術者を育成するための学園だ。
優雅の両親もここではないが同じ忍学の出身だった。全国でわずか千人足らずしか1年で入学する事ができない忍学は、日本人なら一度入りたいと思うほど憧れの学校だった。しかし入学には特殊な審査基準が設けられているため普通の人では入ることができない。
そんな学園になぜ優雅は編入できたかというと、もちろん優雅が特殊な審査基準を満たしていることもあるがここが瑞希の母校であり彼女の推薦状のおかげで優雅は異例の一般高校からの編入を許可されたのである。
「はい、正直驚きました。まさかこれだけの空間結界が張られているなんて。
一体どんな術者が張っているんですか?会ってみたいですよ」
空間結界。それは忍術を志す者なら誰しも覚えるだろう基本忍術の一つだ。
本来の目的は限られたスペースを忍術によって歪め、伸ばし、十分な訓練場を確保するためのものだ。そのため中でどんな派手なことをしようとも実際の部屋や物には一切被害は及ばない。忍学はそれを応用し、一般の高校の敷地に大規模な空間結界忍術を張って普段の学園生活を行っているのだ。
優雅は驚いているというよりどこか笑みを浮かべ感情を抑えているように見えた。さすがは兄さんの息子ね。と瑞希は口元を緩ませて答えた。
「それは残念ね。これだけの術を1人で行える忍術者は極一部よ。
ここでは10名ほどでやっていたはずよ」
「そうですか・・・・・・」
残念そうに肩を落とす優雅を見て瑞希は微笑を浮かべる。
「それじゃ優雅くん、私は帰るから後は頑張ってね」
「あ、はい!送ってもらってありがとうございます」
「いいのよ。今度優雅くんの手料理を食べさせてくれれば気にしないわ」
瑞希はウインクしながらそう言って車へ乗り込もうとし、
「そうだ、優雅くん。一つ先輩からアドバイスよ。
遠慮はいらないわ。ここではあなたの枷は何もないのだから思いっきりやりなさい」
それだけ言ってニコッと笑い帰っていった。
瑞希を見送った優雅は目的地である教員用校舎を探すべく校内を歩き始めた。
幸いにも歩き始めてすぐ案内板を見つけたので迷子になることはなさそうだ。
「しかし分かりにくいところだなぁ」
案内板を見つめながらそんなことをぼやく優雅。
確かに今まで普通の高校へ通っていた優雅にとってここはいささか・・・・・・いや大分複雑であった。
まず校門から向かって右側やく五百メートルほどの位置に一年生校舎。それから反対の左側に三年生校舎。そして正面およそ1キロほどの位置に二年生校舎がある。そのほかにも建物はあったが特に際立ったのがこの3つだ。
優雅が探している教員用校舎はちょうどその3つを三角形で結んだ中心にあった。周りを見回しながら優雅は目的地へと到着した。運良く外へ出ていた教員らしき男性に事情を話し、優雅は室内へと入っていった。