3 サラとアレックス
修道院の裏口にロドリゲスの馬車が迎えに来る。馬車は簡素ではあったが、粗末なものではなかった。窓にはカーテンがしてあり、中の様子は伺えない。
そこへ一人の少女が乗り込む。
髪は見事な金髪でその髪を一つに束ね、レースの襟が清楚な白のブラウスに黒のロングスカート、馬車に乗る際には少しスカートを抱え、動きはしなやかだった。
サラは初めてベールを脱いだ、そして初めて修道院の外へ出る。
胸が高鳴る、生涯出ることは無いであったろう、修道院の外へと出るのである。
想像したことも無かった。
御者はロドリゲスからの厳しい命令を受けていた。
よって決して饒舌ではなく、かといって冷たい印象も無く気を配り、最大限サラに気遣いを見せた。
馬車に乗るには手を差し出し、町の中を案内するようにゆっくり馬車を走らせ、サラを楽しませることも忘れなかった。
「もうじき、ロドリゲス様のお屋敷でございます」
馬車が立派な門の前に来ると、門番が直ぐに門を開ける。
まるで絵本のようだった。
外へ出ることの無いサラは、このような門を絵本でしか見たことが無かった。
そして大きな屋敷、修道院の数倍はあろうかと言うほどの大きな屋敷だった。
馬車が玄関の前に止まると数人の女中が出て来る。
そしてサラを屋敷の一室へと案内した。
そこは教会のホールのように広かった、だが、それは客を待たせる為だけの部屋だった。
暫くすると、謁見の間へと通される。
サラは初めてロドリゲスの地位を考えた。
これほどの権力財力を有していたのだと、やっと思い知ったのである。
その男に自分は盾ついた、しかし、何故か屈する気にはなれなかった。
「おう、サラ良く来た!」
髭もじゃの顔を綻ばせ、ロドリゲスは屈託無く笑い、サラを抱きしめその髭を擦りつけた。
「お離し下さい! わたしは子供ではありません!」
「おうそうだった、つい、まあ許してくれ」
抵抗して手を突っ張るサラに、ロドリゲスは照れくさそうに笑った。
「お茶でも如何だ? おい、熱い紅茶を……」
「ロドリゲス様、わたしは此処へお茶をしに来たのではありません! 剣の稽古に来たのです」
「まあ、折角来たのだ、わたしがどんなに楽しみにしていたのか、分からないだろう?」
ロドリゲスは女中にお茶の用意をさせる。
直ぐに熱いお茶と、大きな皿に色とりどりに並べられた菓子が運ばれる。
ロドリゲスはそのお茶を啜り、皿から菓子を一つ取ると旨そうに頬張った、髭面の男がまるで子供のように。
その仕草に、思わずサラは噴出して笑った。
「おう、良いのう、怒るサラも良いが笑った顔はまた格別だ!! サラも一つ如何だ?」
そう言ってロドリゲスは自分が食べているものと同じ物を、サラの取皿に載せる、それを女中がサラの前のティーカップの横に置いた。
「ロドリゲス様には奥様は居られないのですか?」
「……ああ、亡くなった……だが、息子が一人居る」
「そうですか……」
サラはマズイことを聞いたようだった。ロドリゲスの顔が翳る。
丁度、そこへ一人の青年が入って来た。
なかなかの美男子だった。髪の色はロドリゲスと同じ暗い栗色、目に掛かるウェーブした前髪を右手でかきあげた。
体つきはがっしりとし鍛えられていたようだった。
だが、その胸に勲章は一つ、階級を示すものだけで、武勲の章は無かった。
「その女がサラですか?」
青年はサラの名を知っていた、ロドリゲスが話したのだろう。
「そうだ、サラだ。剣の稽古をしてやって欲しい、わたしはこれから城へ上がらねばならん」
ロドリゲスは髭についた菓子のカスを、女中に取らせながら残念そうに言った。
「父上、女のお守りはご勘弁願いたい、このような素人の、しかも力も無いような女に剣が振るえましょうか!」
「……もう結構です! だからこのような所には来たく無かったのです!」
「ほら御覧なさい父上、女とはこうしたものです、自分の分が悪くなると、こうして突っ掛かってヒステリックになる、わたしは御免です!」
「……」
ロドリゲスの予想は裏切られた。
男と女であれば仲良くするという、ロドリゲスの通説は二人には通じなかった。
これでは軍人としての、いや、策略家とまで言われたロドリゲスの名倒れである。
「……まあアレックス様、落ち着かれて下さい」
「ウルサイ!! 執事が口を挟む事ではない!」
「女はヒステリーかもしれませんが、男の癇癪もみっとも無いものです」
そう言うとサラは落ち着きを取り戻し、紅茶を一口飲んだ。
だが、その落ち着きにアレックスは余計煽られた。
「小癪な事を言う女だ、この剣を持って外へ出るのだ!」
アレックスは自分の腰に挿していた剣を抜き、サラの足元へ放り投げた。
そしてバルコニーを開け放ち、外へ出た。
外は午後の日差しに包まれて、アレックスの荒れようとは対照的だった。
サラは微笑んだ。
「あなた、ご自分の剣をわたしに放り出して、あなたは如何するのですか? あなたは最初から戦いを放棄しているのですよ、ご自分の部下に剣を持ってこらせて、それで戦うのですか? 人を当てにしてはなりません わたしは丸腰なのですよ」
「口の減らぬ女だ、小賢しい女、さあ外へ出るんだ!!」
「女とは口も多く小賢しいものです、その女を相手に平常心を失っていては、勲章は一つも摂れません! ましてや国なんて守れません!」
「……!!」
「おまえの負けだ、アレックス、確かにサラの言う通りだ……わたしも以前に同じような事を言われたことがある……サラ、今日はこの位にして、また明日、剣の稽古をして貰おう」
「いえ、わたしはアレックス様に教えて頂きます……口が過ぎたこと、お許し下さいアレックス様、わたしも言い過ぎました」
サラはあっさりと謝った。
これには、アレックスのほうが面食らった。
これでは何時までも責める訳にもいかず、アレックスも「まあ、悪かった」と小さな声で謝った。
ロドリゲスはサラを見くびっていた事を、反省した。
修道院育ちで何も知らず、駆け引きなど出来ないと高を括っていた。
だがこれは、とんだ思い違いをしていたのでは無いかと、苦笑いをしたロドリゲスだった。