表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

3 サラとアレックス

 修道院の裏口にロドリゲスの馬車が迎えに来る。馬車は簡素ではあったが、粗末なものではなかった。窓にはカーテンがしてあり、中の様子は伺えない。

 

 そこへ一人の少女が乗り込む。

 髪は見事な金髪でその髪を一つに束ね、レースの襟が清楚な白のブラウスに黒のロングスカート、馬車に乗る際には少しスカートを抱え、動きはしなやかだった。


 サラは初めてベールを脱いだ、そして初めて修道院の外へ出る。

 胸が高鳴る、生涯出ることは無いであったろう、修道院の外へと出るのである。

 想像したことも無かった。

 

 御者はロドリゲスからの厳しい命令を受けていた。

 よって決して饒舌ではなく、かといって冷たい印象も無く気を配り、最大限サラに気遣いを見せた。


 馬車に乗るには手を差し出し、町の中を案内するようにゆっくり馬車を走らせ、サラを楽しませることも忘れなかった。


「もうじき、ロドリゲス様のお屋敷でございます」

 馬車が立派な門の前に来ると、門番が直ぐに門を開ける。


 まるで絵本のようだった。

 外へ出ることの無いサラは、このような門を絵本でしか見たことが無かった。

 そして大きな屋敷、修道院の数倍はあろうかと言うほどの大きな屋敷だった。

 

 馬車が玄関の前に止まると数人の女中が出て来る。

 そしてサラを屋敷の一室へと案内した。

 

 そこは教会のホールのように広かった、だが、それは客を待たせる為だけの部屋だった。

 暫くすると、謁見の間へと通される。

 サラは初めてロドリゲスの地位を考えた。

 これほどの権力財力を有していたのだと、やっと思い知ったのである。

 その男に自分は盾ついた、しかし、何故か屈する気にはなれなかった。


「おう、サラ良く来た!」

 髭もじゃの顔を綻ばせ、ロドリゲスは屈託無く笑い、サラを抱きしめその髭を擦りつけた。

「お離し下さい! わたしは子供ではありません!」

「おうそうだった、つい、まあ許してくれ」

 抵抗して手を突っ張るサラに、ロドリゲスは照れくさそうに笑った。


「お茶でも如何だ? おい、熱い紅茶を……」

「ロドリゲス様、わたしは此処へお茶をしに来たのではありません! 剣の稽古に来たのです」

「まあ、折角来たのだ、わたしがどんなに楽しみにしていたのか、分からないだろう?」

 ロドリゲスは女中にお茶の用意をさせる。


 直ぐに熱いお茶と、大きな皿に色とりどりに並べられた菓子が運ばれる。

 ロドリゲスはそのお茶を啜り、皿から菓子を一つ取ると旨そうに頬張った、髭面の男がまるで子供のように。

 その仕草に、思わずサラは噴出して笑った。


「おう、良いのう、怒るサラも良いが笑った顔はまた格別だ!! サラも一つ如何だ?」

 そう言ってロドリゲスは自分が食べているものと同じ物を、サラの取皿に載せる、それを女中がサラの前のティーカップの横に置いた。


「ロドリゲス様には奥様は居られないのですか?」

「……ああ、亡くなった……だが、息子が一人居る」

「そうですか……」


 サラはマズイことを聞いたようだった。ロドリゲスの顔が翳る。


 丁度、そこへ一人の青年が入って来た。


 なかなかの美男子だった。髪の色はロドリゲスと同じ暗い栗色、目に掛かるウェーブした前髪を右手でかきあげた。

 体つきはがっしりとし鍛えられていたようだった。

 だが、その胸に勲章は一つ、階級を示すものだけで、武勲の章は無かった。


「そのひとがサラですか?」


 青年はサラの名を知っていた、ロドリゲスが話したのだろう。


「そうだ、サラだ。剣の稽古をしてやって欲しい、わたしはこれから城へ上がらねばならん」

 ロドリゲスは髭についた菓子のカスを、女中に取らせながら残念そうに言った。


「父上、女のお守りはご勘弁願いたい、このような素人の、しかも力も無いような女に剣が振るえましょうか!」

「……もう結構です! だからこのような所には来たく無かったのです!」

「ほら御覧なさい父上、女とはこうしたものです、自分の分が悪くなると、こうして突っ掛かってヒステリックになる、わたしは御免です!」

「……」


 ロドリゲスの予想は裏切られた。

 男と女であれば仲良くするという、ロドリゲスの通説は二人には通じなかった。

 これでは軍人としての、いや、策略家とまで言われたロドリゲスの名倒れである。


「……まあアレックス様、落ち着かれて下さい」

「ウルサイ!! 執事が口を挟む事ではない!」


「女はヒステリーかもしれませんが、男の癇癪もみっとも無いものです」

 

 そう言うとサラは落ち着きを取り戻し、紅茶を一口飲んだ。

 だが、その落ち着きにアレックスは余計煽られた。


「小癪な事を言う女だ、この剣を持って外へ出るのだ!」

 アレックスは自分の腰に挿していた剣を抜き、サラの足元へ放り投げた。

 そしてバルコニーを開け放ち、外へ出た。


 外は午後の日差しに包まれて、アレックスの荒れようとは対照的だった。


 サラは微笑んだ。


「あなた、ご自分の剣をわたしに放り出して、あなたは如何するのですか? あなたは最初から戦いを放棄しているのですよ、ご自分の部下に剣を持ってこらせて、それで戦うのですか? 人を当てにしてはなりません わたしは丸腰なのですよ」

「口の減らぬ女だ、小賢しい女、さあ外へ出るんだ!!」

「女とは口も多く小賢しいものです、その女を相手に平常心を失っていては、勲章は一つも摂れません! ましてや国なんて守れません!」

「……!!」


「おまえの負けだ、アレックス、確かにサラの言う通りだ……わたしも以前に同じような事を言われたことがある……サラ、今日はこの位にして、また明日、剣の稽古をして貰おう」


「いえ、わたしはアレックス様に教えて頂きます……口が過ぎたこと、お許し下さいアレックス様、わたしも言い過ぎました」

 サラはあっさりと謝った。


 これには、アレックスのほうが面食らった。

 これでは何時までも責める訳にもいかず、アレックスも「まあ、悪かった」と小さな声で謝った。


 ロドリゲスはサラを見くびっていた事を、反省した。

 修道院育ちで何も知らず、駆け引きなど出来ないと高を括っていた。

 だがこれは、とんだ思い違いをしていたのでは無いかと、苦笑いをしたロドリゲスだった。


 



 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ