礼拝
異質な空間。無駄とも思われる装飾が施されているが、宗教施設にしてはシンプルな方なのかもしれない。ピンク色のユニコーンの姿が随所に描かれている。何か意味があるのだろうか。
ゴフレードはそう思索しながら辺りを見回した。
薄暗く暖かな赤みを帯びた光ば心地良い。
イスもこの宇宙船では珍しく木製だ。
「こんな部屋があったとはねっ。地図上では知っていたけれど」
リィリス船長も初めてこの礼拝堂に来たことはなかったらしい。
「じゃあ。はじめようか。全員いるよね」
ナタークが演説台に立った。きょろきょろとしながら、ぶ厚い本を開いた。
「まあ、今回が初めてだから、上手く説明できなくても許してくれ。ゴフレードなんかは、おそらくこういう話を聞くのもはじめてだろうから、わからなくても仕方ない。質問があれば、手を挙げて欲しい」
ミュエネが小さな声でセノアーに話しかける。
「なんか講義みたいだね。」
「いや、講義だし」
「私語は悲しくなるので止めてね」
ナタークの注意で皆笑った。
◆◇◆
「… 以上説明したように、我々の神様は、見えざるピンクのユニコーンであり、その敵は紫色のオイスターである。じゃあ、次に戒律の話をしよう」
この宇宙船に住む人々はどうやら相当風変りなものを信奉しているらしい。私が前に居た宇宙船では、純粋に世界の創造主としての神様だった。可視なのか不可視なのか色があるのか無いのか。ユニコーンは実在するのかしないのか。
なぜそんなものを神様にしているのか。皆目見当がつかなかった。
「罪深い紫色のオイスターには警戒せよ。」
「二つ目は、レーズンパンと失われた靴下を愛せ。この2つの戒律のみが我々が守るべきものである」
「ふっ。くふっ」
いけない。思わず笑いが漏れてしまった。
でも、これは意味不明で面白すぎる。レーズンパンって。
「くくくっ。いや、すまない。ちょっとその戒律の意味がよくわからなくてね」
ナタークは息を深く吸ってから話はじめた。
「これは一見奇抜だけれど、意味があります。レーズンパンはこの世界。失われた靴下は過去の世界と見つかるべき未来を指している」
「で?紫色のオイスターの方は?なんで警戒するの?」
「紫色のオイスターは罪深さをあらわしているんだ。罪には警戒せよってことだな」
ナタークの説明を聞いて、一層笑いがこみあげてきてしまった。
「ふふっ。ははははっ!! 全く笑えるね。 こんなのは宗教とは言わないよ。 何が見えざるピンクのユニコーンだ。 それが、世界観、自分達の出自、倫理の規定といったことをしてくれるのか? 無理だろう。」
「ぶ、侮辱するつもりか!?」
ナタークは驚いた顔でそう言った。
「侮辱?ああ、そうだね。こんな幼稚なものを信じているんだから侮辱されても当然だろう。普通戒律ってのは、殺してはいけないとか… そういうのを言うんだぜ。 お前らの宗教は体験に則してない。 見えるだの何色だのそんな馬鹿げたことばかり言っている言葉のお遊びだ」
「ゴフレード。もう、やめたほうがいいよ」
ラノミナが少し弱弱しい声で呟きながら、袖を引っ張った。
ゴフレードは袖をつかむ手を力強く振り払い大声を張り上げた。
「お前らに、本当の宗教的体験ってのを思い知らせてやるよ!」
ゴフレードの表情は、笑っていたが、冷たく、不気味だった。