契機
「あれ、今日はどないしたん?」
ゲンが人の気配に気が付き振り向くと、コリュがいつもの無感情な視線を向けていた。
「コアニーを使って調べた」
コリュはぽつりとつぶやいた。
「それで?何かわかったんか?」
「足りない。情報が足りない。全然足りない」
少し俯いた顔が暗くなったようにゲンは感じた。
「せや!電気系統、機器系統の使用状況のデータをまとめたで。過去のデータと比較すれば何かわかると思うんや」
ゲンはニコニコとした顔を向けた。
「前にも使用記録を貰った。解析は不能だった」
「コリュちゃん。物は試しやで。データちゅうもんは、こねくり回して、3日は辛抱強く見ていかないと上手く解析できんもんや」
コリュはぷくっと膨れた。
「前にもらったもん」
「まったく。強情な子やね。…昔、学問が始まった時代、有名な解剖学者がおったんや」
「??何の話」
「解剖学者には一人の弟子がおったんや。学者先生は弟子に一匹の魚を与えてスケッチをするように命令した。弟子はすぐに仕上げて先生のところに持っていったんやが、先生はうんとは言わへん。逆に観察がたりへん!!出直せ!と怒るんや」
「…お魚♪」
「コリュちゃん、話聞いてるんか? そいでな、その弟子は考えた。だけど、何でかわからんかったんや。弟子は来る日も来る日もスケッチをして学者先生に持っていったんや。だけど、突き返される」
「何が駄目だったの?」
「そこや!いい質問や。話を聞いてくれてホンマにうれしいわ~。 そう、弟子がスケッチをはじめて7日目のことやった。突然、魚の鱗や目の構造、骨格が鮮明に捉えることができるようになったんや。。今まで見落としていたり、見えているのに無意識的に無視していた部分が、どんどん見えてきた。その見えてきた部分を先生のところに持っていったら、上出来だと褒められた。っちゅう話なんや。だから、データを解析する時も、粘り強く毎日見ることが大事なんや」
ゲンが自慢げに語り終えたところで、コリュが一言言い放った。
「嘘」
「うちのとっておきの話になんてこと言うんや!?」
「お魚は腐るし7日も保存できない。仮にほんとの話だとしても、データとお魚は関係無い」
「ううっ。コリュちゃん酷いわ。惨過ぎる。もう、立ち直ることができへん…」
ゲンの表情は言葉とは違い、笑っていた。
「まっ、とりあえず、データを転送しとくから、解析してみてな。それ解析終わるまでには何か新しい情報を探してみるから!」
「うん」
コリュは頷いた。無表情だったがなんとなく喜んでいるんじゃないかな?そんな気がした。
◆◇◆
コリュが去って、ゲンは再び機械の点検作業をしていた。
機械の点検作業は、オートメーション化されたこの宇宙船では単調で退屈極まりないものだ。
「ふぁああ。コリュちゃんにもう少し話相手になってもらいたかったなぁ」
ゲンは大きなあくびをした。全く、平和だ。平和ボケしそうだ。
「話なら、相手になろうか」
「わあああがthふぇいあが」
バタン!!
ゲンは突然の声に驚きバランスを崩して大きく倒れた。
「そんな驚かなくても。大丈夫か?」
倒れたゲンを起こそうとゴフレードは手を伸ばした。
「ああ、自分で立てる。それにしても、今日はお客が多いなあ。ゴフレード、何の用や? ゴフレードにしてもコリュちゃんにしても気配が無くて困るわ。」
打った場所を痛そうにさすりながら立ち上がった。
「コリュは今はいないのか… 私は、少し話がしたい、訊きたいことがあるんだ」
ゴフレードの顔はコリュとは違って笑顔だった。だが、心を許す気にはなれない…そんな感じがした。ゲンは笑顔のゴフレードの目をじっと見つめた。