意志
人の心はプログラムに過ぎない。情報を処理しているだけ。それ以上のことは何も無い。
私はそう思っている。
テーブルライトだけを灯した薄暗い部屋の中で、ユニの投影像が不気味に笑う。
イスに座って端末の操作をしていたコリュは、振り向いてユニをみつめた。
「がんばらなきゃ」
コリュは一人ごとを呟くと作業に戻った。
この宇宙船は変だ。おかしい所が沢山ある。
宇宙船の人員。この人数では少なすぎる。しかも、自然に親から生まれたものは誰もいない。全員が人工子宮、機械による哺育で育った。妙だ。
墓地がこの宇宙船には用意されていない。ゴフレードのいた宇宙船では大規模なものが用意されていた。この宇宙船ソラノタマゴでも相当するようなものがあるはずだ。せめて想い出を残す何かがあってもおかしくない。でも一切そういったものが無いのだ。
何のためにあったのかわからないロードロックシステム。ユニの存在、なぜこんなものを作ったのか。黒い機械…あれは何?
ゲンからは貴重な話が聞けた。この宇宙船で過去に何があったのか。それが本当だとすると、なんとかしないと、みんなが危ない。
一つだけ言える。
この宇宙船は”私たちの”宇宙船では無い。
コリュは手を止め、目を閉じて、思考の世界に落ちていった。
「コリュ。コリュ。モウいいでしょ。解放してホシイのデス」
端末から声がした。教育プログラムのコアニーだ。コアニーにはしばらく実験に協力してもらっている。
「だめ。まだ終わっていない」
「うう。少しだけでいのデス。ずっとここでコリュに改造される毎日は辛いデス」
コリュは無言で、端末から音声が出ないように設定を直した。
コアニーの悲しい声は聴こえない。
コリュは静かに、明るくて自分を外に連れ出してくれた船長の顔を思い浮かべた。その顔は涙で濡れて苦しそうな表情をしていた。
どんな感情だって情報処理の一つにすぎない。
だからと言って、大切でない訳じゃない。
コリュはテーブルライトの光を見つめて、強く頷き、再び、手をせわしなく動かしはじめた。