何も感じない心では
通路の薄暗い光の中ラノミナと話す。
銀髪のこの女は私のことをぎらついた目で見る。不快なのはこの目だ。
感情と欲望が溢れ出たような目。長く生きてきたが、私の知らない目だった。
この宇宙船に来て、幾度となく曝されたこの視線。
目の持ち主の感情は、よくわかっている。
それがゴフレードの不快感をさらに強めた。
ラノミナは楽しそうに、幸せそうに話す。それに応じて作った笑顔で応じる。
軽く冗談なんかを言ったりするとラノミナはケラケラと笑った。
何が楽しいんだろう。笑い声を聴いて、ゴフレードの気持ちは灰色に近づいていった。
ただ殺伐とした感情だけが心の中を覆う。
…
ゴフレードは服の中に潜ませたナイフに触れた。
…
止めておこう。理由も無い。
…
作り笑顔にも気づかず、ラノミナは楽しそうに話しかける。
もううんざりだ。もう止めてくれよ!
もう止めてくれ!
「… ごめん。ラノミナ。ゲンと少し約束していてね。もう行かなきゃいけないんだ」
小さな嘘をつき、じゃあねと手を振って別れようとした。
「もう行っちゃうんだ。じゃあ、またね」
手を振ろうとしたゴフレードにラノミナが抱き着いた。
「行かないで。あなたのことが好きなの」
そっと聴こえた小さな声は、少し震えていてラノミナらしくない、よわよわしいものだった。
声を確かめようと耳に集中してみたが、声は二度と聴こえなかった。
ラノミナと手を振って笑顔で別れた。幻聴のようなその声については問いただすのはやめた。
人を好きになる。好意を向けられる。
そうされれば嬉しくなるのが人間の心の正常な反応だろう。
私の心はどうだ。何も感じない。何も動かない。
食べ物を見れば食べたくなる。人に会えば話したくなる。苦しい時は逃げ出したくなるし、楽しい時は騒ぎたくなる。人間はそういうものだ。細菌や原生生物が光や栄養に群がるようにそれはプログラムされた行動だ。
私もそのプログラムを持たされているはずなのに。なんでなんだっ!
私を造ったあの男は、確かに人間に似せて造ったとそういった。ゴフレードなどと大仰な名前をつけた。
昔は好意を向けられれば嬉しかった気もする。だが、今は暗い闇が広がるだけだ。
「もう私は壊れてしまったのかもしれない」
自分が正常では無いことはわかっていた。壊れた心では何もできないこともわかっていた。このままではどんな結末になってしまうのかもわかっていた。
…それでも何かを捨てきれずに、ゴフレードを目を強く閉じた。
コリュPart突入です。