嫌われもの
その男は嫌われ者だった。
何かにつけて悪態をつき、人を貶めて自分を称賛すべきことを語った。意味不明な言いがかりをつけていつも誰かに怒っており、傷つくような事を敢えて言うため、皆、彼を憎んでいた。そんな状況にも関わらず、自分では自分は親切で良い人間だと思っているのだった。
ゴフレードも、その男に散々絡まれていた。傷つくような事も2、3度言われた。周りの同僚にはこの男を無視する者も多かったが、ゴフレードはそうはしなかった。この男にとって、唯一、そうのような行動だけが、人と関わる方法だということを知っていたから。喧嘩をしたいのではなく、人恋しいだけだとわかっていたから。
しかし、ほとんどの人間達は、彼を憎んでいた。
◆◇
ある時、ゴフレード達は宇宙船の装甲をメンテナンスするために、船外活動をすることになった。
メンバーは、ゴフレードを除き5人。その5人の中に、悪態をつくあの男が混ざっていた。
皆、黙々と作業をする。
下手な会話をすると、あの男に絡まれるから。
…
ゴフレードはスパナで装甲板を固定していた。その時、後ろから声がした。
「おい。ゴフレード!お前は馬鹿か! 装甲板を固定するボルトはまず、4点を軽く留めてからきつく固定するんだよ!お前のそんなやり方じゃ装甲板が歪むだろが!」
「は。はい」
いつもの事だ。ゴフレードは適当に返事をして作業を続けようとした。
あの男を見ないようにして、装甲板に手を伸ばす。
手の上に足が乗った。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
「重いし、痛いです。止めてください」
「はあ?痛いだと?センサー切り替えできるんだろ?お前は人間じゃないし、壊したところで修理できるんだろ?機械の分際で俺様に反抗するのか!」
「止めてください…」
ゴフレードは他の4人の顔を見た。どの顔もこの男への憎しみに溢れているように見えた。
こんな馬鹿なこと、続ければ続けるほど、皆嫌うようになるだけなのに…
「やめてください!」
自分の心配がこの男に伝わるように。そう祈ってゴフレードは俯きながらもそう叫んだ。
「お前の命令なんぞきくか!」
男はそう言って何度も手を踏みつけた。
「やめてください」
ゴフレードはそう言って目を閉じた。
急に手を踏みつける足が離れるのを感じた。
「うっ。貴様っ!!」
ゴフレードはゆっくり目を開ける。
目の前の男の宇宙服の中は血まみれだった。男の後ろには、さっきまで憎しみの目つきでこの男を見ていた同僚達がいた。その手には先の鋭く尖ったナイフがあった。
「ゴフレード。大丈夫か。」
「そ、それよりも! こんなことをして! 早く助けなければ!」
「やめとけ。殺すためにやったんだ。皆、同意済みだ。」
「皆が認めたって、駄目な事は駄目なんだ!」
「悪いことだとわかっている。 だが、こいつは死んでもらう。」
強いに憎しみがこもるその目に対して、ゴフレードは言い返すことができなかった。
この後、4人は交代でこの男を一刺しづつ、刺した。皆で罪を共有するかのように。
…
「ゴフレード。お前もだ」
「えっ。私もですか」
「そうだ。皆、やりたくないことをやっているんだ!お前だけ逃げるのか」
血が付着したナイフが渡される。
…
できるわけがない
…
死んだはずの男の口元が微かに動いている気がした。男のヘルメットに顔を急いで近づけた。
口が微かに動いている。
急いでヘルメットに耳を当てる。
微かに声が聞こえた。
「殺してくれ… お前が殺してくれ… お前だけが俺に優しかった… 俺を… 」
ゴフレードは、後ろで立っている4人を睨みつけた。
誰が、この男をこんな哀れな状態にしてしまったのだ。自業自得。それはそうなのかもしれない。この男の不幸を思うと、胸が苦しくなった。
… 弔ってやる。 せめて、死 だけは望み通りのあり方で。
宇宙服は簡単に破れ、ナイフが筋肉組織を突き抜けた
ナイフから痙攣の振動が伝わり、男は息絶えた。
◆◆◆
絶命した男を、5人で宇宙へと放り投げた。男はゆっくりと宇宙船から離れていった。ヘルメットの中は血でいっぱいで、顔は見えなかった。ゴフレードにとって、それが唯一の救いだったのかもしれない。
宇宙船内に帰っても、誰も追及しなかった。同じ罪を犯した4人もこの話はしなかった。
自分の汚れた手を見て、心に抱いていた確信を何度も呟く。
「私にゴフレードという名は相応しくない」
内向的になった機械仕掛けの青年は、徐々に社交性を失い。周りから孤立していった…