苦しみの共有者
ゲンは、ボトルの蓋を開けて、中の水をぐいっと喉に流し込んだ。水は生ぬるいが、水分を求める体には心地が良かった。ゲンとセノアーは、ついさっきまで着陸用の小型船の整備をしていたのだ。
「…なあ。セノアー。」
となりで足を組んで座っているセノアーに声を掛ける。実はこうして2人だけで話すのははじめてだったりする。特に、あのユニの事件の後からはあまり話していない。別に避けているわけでもないのだが。
「ん?」
気の無い返事が返ってきた。最近いろいろあったせいか、ぼんやりしていることが多い気がする。
「遭難船に乗り込むって決まってしもうたんやけど、セノアーさんはどう思ってるん?」
セノアーは目を閉じて頭を傾けた。
「どうって言われても…」
「実は… 少し不安、というか後悔してるや。やっぱり、遭難信号を出している宇宙船に近づくのはリスクが高いやろ? それに、そのために宇宙船を急加速させたり、減速させるのはエネルギーのロスが大きいからな。合理的に考えたらアカンやろ。」
セノアーは頷いた。
「その通り。正しく考えれば、ありえない選択なんだ。」
ボトルに口をつけ、そして床に置く。
「だけど、心配なんだ。ラノミナの事。明るい奴があんな風になると放っておけないだろう?」
ゲンは天井を見上げた。格納庫の天井は高く、そして広かった…
「そうやね。確かにあんなに落ち込んでおらへんかったら、賛成なんてしなかったわ~」
「僕は後悔なんてしないよ… 例え死んでしまっても。」
暗く俯いたその顔からは言葉の真意は読み取れなかった。白い髪から覗かせたその目は悲しそうな目をしていた。
「何を!アホなことを。こんなことで死ぬだなんて無意味やろ。縁起でもない!」
暗くなり過ぎた雰囲気を戻そうとゲンは死という言葉を打ち消した。
「馬鹿なのかもしれないな。僕。どうなちゃったんだろう。でもさ、好きな奴が目の前で苦しんでいるのに、自分だけ楽しめるか? 苦しくて無理だ。そんな状態で生きる方が無意味だよ。」
…
セノアーは相変わらず床を見つめたままだ。
ゲンは何を言ってやればいいのかわからなくなった。セノアーの心に抱いている想いは良くわかる。だが、ラノミナの事だけを考えるその純粋な想いに一抹の不安を感じた。
「なあ、セノアー。苦しみは分け合えるやろね。だけど楽しみは分け合うことはできないんや。自分の事もちゃんと考えてやらないと、あとで後悔する。もし、ラノミナの事が好きなら、ちゃんと…」
セノアーは急に起き上って作り笑顔をした。手を横に振った。
「いや、そんなんじゃないんだ。只、心配の人がいるのに、助けられないのに、自分が楽しむ気になれないじゃないかってことだけ。落ち込んでいるから力になりたいってだけだよ~。」
「ほんまか?」
「うん。ホンマ、ホンマ。」
…
…
「お~いっ。ゲンっ。セノアーっ。休憩終わりだよっ!!早く働けっ~。時間は無いんだからねっ!」
「うちらの船長さんは、人使いが荒ろうて困るわ~。」
セノアーは少し笑顔を見せて、
「まったくだ。」
と呟いた。
ゲンはその笑顔を見て、一抹の不安を打ち消した。