ハイイロタマゴ 5
「見えざるピンクのユニコーン」の存在を証明することは不可能だ。ただ、信じるのみ。もし、世界が180度変わってしまっても、証明できないものをそれでも信じ続けるなんてことが可能だろうか。例えば、宗教組織が無くなっても信じ続けることができるだろうか。
~ ナターク・ガルア ~
昔の説教師が話しているアーカイブ映像を見ながら、ナターク・ガルアは片肘をつきながら、ぼんやりと考え込んでいた。
おれは、この宇宙船では所謂”宗教”を担当している。
「見えざるピンクのユニコーン世界教会」、それがこの「ソラノタマゴ」を打ち上げた組織の名前だ。こんな壮大で、利益のでない宇宙への遠征ができるのは、宗教の賜物だろう。信仰心というのはそれだけ、非合理的な行動を可能にしてしまう。この宇宙船の最初の乗組員は、「見えざるピンクのユニコーン」を深く信じるもの達だったという。今はどうだろうか。乗組員達は、一応教義を教えられているはずだ。しかし、その信仰を確かめる術は無い。
もしかしたら、信じているものもいるかもしれない。でも、おれはそんな奴は少ないんじゃないかと考えている。宗教はどんな宗教でも、”世界観”と”社会性”をセットにして信者達に提供される。この宇宙船内は、「ロードロックシステム」で封鎖されているから、思想の共有、相互扶助、コミュニティー形成といったことが不可能なため、”社会性”の部分は成立しない。”世界観”はどうだろう。この宇宙船の中は「外」が無い。宇宙船の中は”世界観”を醸成するのに不十分な広さしかなく、しかも各個人が行き来できるスペースはかなり小さい。
だいたい、おれの世代は人工保育システムによって育てられた世代だ。人工的、科学的に誕生したのに関わらず、神秘的なものを信じろなんて、ちょと難しいことのように感じる。
説教師は熱狂的に叫ぶ。
「見えざるピンクのユニコーン達は偉大なるスピリチュアルパワーの存在であるのだ!我々は彼女らが目に見えないと同時にピンク色で存在することが出来るがゆえにそれを承知している。見えざるピンクのユニコーンの教義は論理と信仰に基づいている。我々は彼女らがピンクであると信じている!我々は、我々が彼女らを見ることができないから見えないのだと論理的に知っているのだ!」
この節はイーリーの声明と呼ばれる、何百年も前から信じられている有名な語句だ。内容を間違えると「見えざるピンクのユニコーン」を冒涜することになるので注意が必要である。
人や「神秘の外界」との接触を絶たれたこの世界で、そんな語句になんの意味があるのか。
「はぁ~。」
なんだか何もかも無意味な気がして溜息をついてしまった。