船長は誰のために 1
コリュが行っちゃった。もう、戻ってこないのかも知れない。
胸の奥から突き上げるような苦しさを感じる。
… わたしは、悪くない。
本当にそう?頭では理解してる。取り返しのつかないことをしてしまった…。
でも、認めたくない。私が間違えたりしないもん。嫌だ。そんなの。
コリュが去った後の沈黙を、ゲンが破る。
「えらいことになってしもうたな~。これは謝った方がええんとちゃうか?」
ゲンは笑った。この場を少しでも和ませたいのだろう。
「わたしは悪くないっ。… (あれ、私は何を言っているんだろう?) … わたしは船長なのっ。盗難があったら犯人を捕まえて風紀を正すのっ。理解できずに感情的になったコリュが悪いのっ。」
自分でも信じていない言葉を吐いた。
全ての音が止まってしまう…そんな気がした。
ガタンとイスが動く音がした。
ラノミナが立ち上がった。
「そんなのコリュが可哀そうだよ! なんなの、アンタは! そんなに人を疑って何が船長なの?コリュの顔みた?普段は無表情なコリュが、あんなに苦しそうな顔をしていたんだよ!」
わかってる。わかってる。だけどっ、でもっ!
心臓の鼓動の音が壊れるんじゃないかと思えるくらいの大きさで聴こえる。
皮膚と服の間の空気が、じんわりと熱い。
「でもっ…」
何か声に出したいのに、意味の無い言葉しか、言葉にならなかった。
「でも、何? 正直言って、私はあなたについて行けない。」
ラノミナは席を立った。
止める言葉も見つからずに、去っていく後姿を見ていることしかできなかった。
ラノミナが部屋を出ていくと、目の置き場所も無くなった。
ジュースの入っていた空のコップを口に持っていくが、野菜ジュースの香りしかしない。
静かにテーブルに置いたそのコップは、赤く汚れていた。
「ラノミナさんの言う通りです。流石に謝るべきだと思います。」
ナタークもわたしを責める。。
みんなの目が辛い。
「…」
答えなきゃいけない。謝らなきゃいけない。
そうしたいと望んでいるのに、
下を向いて手をぎゅっと握りしめることしかできない。
嫌な汗がじわりと出てくる。
それが、ポタリとテーブルの上に落ちた。
「まあ、ここらへんで終わりにしまひょか。セノアー、ナターク、そう思いますやろ?」
「あ、ああ。そうですね。ここで一旦終了にしましょう。また、いつでも集まれますからね。」
セノアーは同意した。
セノアー、ナターク、ゲンが一斉に席を立つ。
リィリスは、イスに座ったままで俯いていた。
ナタークが去り際に小さな声で囁く。
「きついこと言ってごめんなさい。…落ち着いて、考えてみてください。大丈夫。ラノミナさんもコリュさんもみんな優しい人ですから。ですから、きっと…」
そこまで言った所でセノアーに促され、
ナタークも部屋を出ていく。
部屋にはミュエネと私の2人だけになった。
「どうするの?リィリス。」
ミュエネの顔はいつものように優しかった。
優しい目で、見つめられると、
苦しい心が緩んで堰を切って流れてしまう。
一度流れ出した感情で、息ができないほどになり、
涙が出てきて止まらなくなった。
「… 謝る。 …ッ… ヒック… … 。」
「今日は泣いて、ゆっくり眠りなさい。明日、みんなに謝りましょう。」
「… ッ… うん。… 。」
目を手で押さえながらリィリスは立ち上がった。
「あの~~。ワタシは、どうしたらいいのでショウ。。」
「コアニー!!」
ミュエネが驚く。間の抜けた声の発生源の端末は、コリュの物だ。
「コアニー。もう帰っていいよ。ありがとう。」
ミュエネはそう言って、「はい。」と端末をリィリスに渡した。
「コリュの忘れ物よね。これをコリュの所に渡しに行って、それをきっかけに謝るの。明日でいいから、ちゃんと謝りに行くのよ。」
リィリスは頷き、端末を受け取った。
ミュエネの部屋からの帰り道。
今日のことを思い出して、胸が苦しくなった。
十分泣いたと思っていたのに、涙が出るのを抑えることはできなかった。
コリュの端末をぎゅっと握りしめる。
長い廊下を泣きながら歩いて帰った。
自分の部屋に着くころには、心の閊えは無くなって、
乾燥した灰色の疲労感が残った。