ハイイロタマゴ 2
地衣類。それは菌類と藻類の共生体である。劣悪な環境でも長い時をかけて成長し、無機的な世界に”土壌”をもたらす重要な存在である。その基盤にへばりつく形状と、厳しい環境に適応する強さがカッコイイ。惑星「ゼルミナ」の生物史の始まりに、これほど相応しい生物はいないだろう。
~ セノアー・ケンピス ~
地衣類研究ルームに近づくと体が重く感じる。この部屋の重力は地球の約3倍。正直、きついかな。もう、慣れたけれど。部屋に入ると僕はまず一日のスケジュールを、スケジュール管理プログラムに入力する。別にスケジュールなんて必要ないかもしれない。まあ、朝の儀式のようなもので、ただの日課だ。これを書かないと朝でないような気がする。
「午前中は講義、午後は研究かな。」
「やあ、おはよう。セノーア。」
モニターから声が聞こえた。人間では無い。教育プログラム「コアニー」だ。
「おはよう。今日は遅いじゃないか。」
「生活が乱れているクルーもいてワタシも大変なのです。デスクの上で連続4日も寝るんですよ。2週間も居住スペースに帰らないし。他にも、ワタシをDeleteしようとする人もいて!もう、泣きそうです。」
今日の「コアニー」は機嫌が良くないようだ。穏やかなプログラムなのだが、怒ると怖いんだよな。小さい頃はよく怒られたっけ。
「へー。そんな人もいるのか。一回見てみたいものだな。
ところで、今日のスケジュールはこういう感じだから宜しく。」
「ハイ。了解です。」
画面に大学の講義室の映像が映し出される。宇宙船に保管されているアーカイブ映像だ。今日は窓を開けているようで、講義室に流れ込んでくる風でカーテンが揺れているのが見える。その風を僕も感じてみたい。そう、思った。
午前の講義が終わった後、居住スペースで昼食を摂り午後からは研究を行う。小さな碁盤上の黒い基盤の上に白っぽい地衣類が並んでいる。ブロック毎に、温度や湿度、吹き付けるガスの種類、光線量が変化させてある。各ブロックの株には、様々なパターンの遺伝子セットを組み込んであり、テラフォーミングに適した、環境への適応力の強い遺伝子パターンを持つ株をスクリーニングすることができる。…はずなのだが、正直成長が遅いため、なかなか結果がでないでいる。
「この調子では、結果がでるのは3年後くらいになるのか。実験モデルが稚拙だったなぁ。」
そうつぶやきながらも、今日も地衣類のデータを収集し、データベースに入力した。誰かに評価されるわけではないけれど、まあそれが僕の仕事だし、地衣類って見た目がカッコイイし、何か物足りなさはあるけれど…なんかまあいいかなって思う。
そんないつも通りの一日だった。