ハイイロタマゴ 1
遠い彼方の星、グリーゼ581gに向かって進む一つの宇宙船があった。窓も無く、空も見えない宇宙船。「どうせ、グリーゼに着くまでに僕の命は尽きる。なんのために生きているのか。」そう、呟いた。
~ セノアー・ケンピス ~
白い天井を眺めていた。人工的な光が部屋を優しく包み、24.5℃に調整された空気が送気パイプから流れ込んでいるのを感じる。目を瞑り考え、呟く。
「どうせ、グリーゼに着くまでに僕の命は尽きる。なんのために生きているのか。」
意味や意義なんて、現実には存在しないんだ。それは自分自身で夢見るものだと思う。「意味づけ」を行うのは人間側でしかない。淘汰と選択、増殖。環境の多様性とそれに伴う進化の多様化。「意味」や「意義」も環境へ適応するための走性の発展形でしかない。細菌が餌に群がるようなものだ。
朝の目覚ましのため音楽が鳴り始める。ビートルズの『イエロー・サブマリン』にいつも設定している。この明るい歌詞がとっても気に入っている。
「、、この『ソラノタマゴ』では、叶わないだろうな。」
今日も独り言を呟きながらベッドルームを出た。これから、仕事場である「地衣類研究ルーム」へ向かわなければいけない。「地衣類の研究とテラフォーミング技術の開発」、それが僕の仕事だからだ。まあ、遅れたところで誰かに咎められるわけではないのだが。
正式名称「ユニコーン13号」、『ソラノタマゴ』と呼ばれるこの宇宙船は、約200年前に地球を出発し、グリーゼ581g、通称「ザルミナ」という星に向かっている。到着まであと200年。テラフォーミングに100年。実際にザルミナに住めるようになるには、少なくとも300年はかかるということだ。当然、僕はいないに決まっている。
ソラノタマゴは、直径一キロもある小惑星を改造することで造られた。重力を生み出すために、高速で回転しながら進んでいるらしい。ただ、重力は船内で大きな差があり、無重力から6G以上の重力がある場所まで様々だ。居住空間だけは、地球の重力と同じに設定されている。
実は僕は、生まれてこの方人間とあったことが無い。いや、船内に人間は何人もいる筈なのだ。だが、「ロードロックシステム」によって、人間の交流ができないシステムが構築されており、各々の仕事場と各個人の居住スペースしか行き来できないのだ。過去のログを見てみると、どうやら大喧嘩があり、仲違い、分裂の危機にまで至りこのシステムを構築することになったらしい。仲良くすればいいのにね。
「ロードロックシステム」のお陰で、僕の前の世代では子供は誕生しなかった。今の世代は皆人工保育システムによって育てられた人間のはずだ。この人工保育システム自体は、テラフォーミング後の急速な労働力不足を補うためにつくられたものだ。集団遺伝学の観点から自然な遺伝子セットを選び出し、幼児の段階まで自動的に育ててしまう画期的なシステムである。船内人口を非常時には維持するようにプログラムされていたらしい。
「…確かに、人間同士の交流なんて、この環境なら生存には関係しない。」
しかし、この全て調和され、管理されたソラノタマゴが、生きる意義を見出すことを妨げているように感じるのだ。
そんなことを考えていたら、我が仕事場、「地衣類研究ルーム」に着いてしまった。