もものおはなし
この作品には女性にとってはあまり面白くない、人によっては不愉快に感じる描写があります。
遊女もの、と言って嫌だなと思われた方は読まないでください。
熟した桃を掌の上で転がす。
冷たい金魚鉢の中に入っていたそれを、猫の毛並みを整えるように優しく優しく転がしていると、
私の体温で生ぬるくなったそれは命を宿したみたいに掌の内で鼓動しはじめる。
瞳もみずに愛してるといって私を抱く男みたいに、桃に愛撫を重ねながら沈み始めた陽を見つめる。
男が「お前は桃が好きなんだろう」といってこれを買ってきた。
私は「桃が好き」だなんて、一言もいったことがない。
どこかの野良猫と語った話を私に笑顔で繰り返す男に、私は唇を歪めながら熟してるからきっとうまいよと言った男の言葉のままに、薄い唇の輪郭が嫌で塗りつぶすように口紅を塗りたぐった赤い唇で淡い桃にぐしゃりとかぶりつく。とたんに口内に広がったうぶ毛の感触に、私は眉をしかめながら、舌に刺さる細かい毛をねぶる。
そうやって桃を食べる私と、私をむさぶる男。
そうやって二人の時間が終ると、男は「いつか」の約束をして去っていく。
一人残された私は、男が残していった桃をなぶるようにして掌で弄ぶ。
やわやわと掌でだんだんと融けて、ゆるんでいく桃の薄皮をそっと伸びた赤い爪さきで撫でる。
ふいたさぼん玉を濡れた指先で撫でるような、繊細な指先で今にも割れてドロドロの中身がもれてきそうなそれに、私の中のゆがんだ加虐心がようやく満足する。
男の背にたてらることが許されなかった指先で、桃の薄皮をそぐとドロドロの中身が溢れだす。
あの男の中身はどんなものなのだろう、部屋に溢れだした濃厚な果実の香りに私は吐き気がして、掌のすでに食物ではなくゴミなってしまったそれをぼどりと畳におとす。
汚したら怒られちまう、服を汚したら折檻される、借金がまたふえる。
自分の中でそういって泣き叫ぶ女がいたが、私はひきつった喉を震わせながら女の口を手拭いで封じ込む。
無間地獄か、救いはどこか、死か、男か、ここはどこ。
笑うことを忘れ、嗤う自分をどこか遠くで見つめながら、涙を流した女に「さようなら」をつげる、桃のようにほのかに色づくぽってりとした頬を大粒のびいどろみたいな涙がこぼれ落ちるのを感じながら、私は静かに瞳を閉じた。
もものおはなし
桃ですべてを表したい、ももは女でもあり、手の内のももでもあり、男でもある。
思ったことを百パーセントだしきれてるとは思えませんが、とりあえずUPします。