夏の日への帰郷
それは、暑い暑い夏の日のことだった。
「山先~! バイバ~イ!」
幼なじみの男子、七海(ななみ)が私の前で自転車をこぎながら声を張り上げた。
「こらー! 自転車の二人乗りはやめなさいと何度言ったらわかる! あと『山本先生』! 挨拶はさよなら!」
「山本先生さよーなら~!」
私は笑いながら先生にそう告げた。怒る先生を置き去りにして私達は笑い合った。
私と七海はこの島で唯一の子供だ。だからなのか、男女の垣根を越えて昔から仲が良い。
私達はいつもの神社へと到着した。自転車は鳥居の横に置いて木陰に座りこむ。
「やっぱここが一番涼し~」
七海はさっぱりした顔をする。
「この後はうち来るよね?」
私は七海に言う。
「今日の菓子は何?」
七海の声は期待を膨らませていた。
「ガトーショコラ。生クリーム付き」
「やりぃ!」
七海は手を鳴らす。
その後私達は黙って蝉の声を聞いていた。沈黙が気まずくないのも私達の仲だ。
ふと七海が口を開いた。
「もうすぐ夏休みだけど星加(ほしか)はさ、この中学卒業したら本土に行くんだよな?」
「うん。製菓の高等専修学校」
私はお菓子を作るのが好きだ。それを美味しそうに食べている人を見るのも。
「都会に自分の店出すんだろ?」
そう、それが私の夢。たくさんの人に私が作ったお菓子を食べて幸せになってほしい。
「そうだよ」
「応援してるからな」
七海はそう言ってくれる。でも……。
「どうした?」
暗い顔をしてうつむく私を七海は心配そうに覗き込む。
「もう疲れちゃった……。都会の喧騒……売れ残るお菓子……伸びない売り上げ……先輩や店長の八つ当たり……。いつまでも持てない自分の店……」
もう……頑張れないよ……。
私の言葉に七海は頭をかしげる。
「何言ってんだ? お前」
七海がそう言って私は、はっとした。
「え、あ……何言ってんだろうホント……」
おかしいな……。
そんな私に七海は言う。
「でもさ、辛いなら帰ってこいよ。俺、いつでも魚捕って待ってるから」
私は目を丸くして笑った。
「そうしようかな」
そして、七海は穏やかな声で話す。
「だから、お帰り」
「え」
目を覚ますと見知らぬ天井があった。なんだか全身が痛い。
なんとか顔を動かすと、ベッド脇にすっかり大人になった七海がいた。七海は驚いたような顔をした後、涙を流しながら笑った。
「おかえり」
私も、涙を流しながら笑う。
「ただいま」
どうやら私は本土の勤務先から帰宅途中に交通事故にあって一週間ほど意識不明だったらしい。その間に島にいる家族に連絡が行き、七海と共にやって来たようだ。
私は退院したら島に帰ることにした。七海にそう告げると、顔を赤らめて恥ずかしそうに言う。
「じゃあ……結婚……しねぇ……?」
答えはもちろん決まっている。
「うん」
私は新しい夢ができた。島でお菓子屋さんを開いて島のみんなや七海にお菓子を振る舞うのだ。私が本当にやりたかったのはそれなのかもしれない。
七海にあの時、神社で言ったことを覚えているかと聞くと、覚えてるけど、最後になんでそんなこと言ったのかはわからないと答えた。
不思議だ。けど、私は夏の日の不思議な出来事を忘れないだろう。大切なものを教えてくれたから。




