第9話 孤独な献身
「皮肉ですよね……」
クローネは、震える声で続けた。
「ルカ様と一緒にいるために手にした力が、ルカ様と一緒にいることを許さない呪いだったなんて……」
胸が、締め付けられた。
アリアはずっと、僕との約束を守ろうとしていた。
僕と一緒に自由になるために、力を求めた。
なのに——その結果が、これか。
「それなら……政略結婚も」
「はい……」
クローネは小さく頷いた。
「愛してもいない相手と結婚すれば、呪いは発動しない。アリア様は……そうやって、自分を犠牲にしようとしているんです」
愛してもいない相手。
ドミニク・ヴェルモント公爵。
あの男と結婚することで、アリアは呪いから逃れようとしている。いや、違う——僕を、呪いから守ろうとしている。
「……馬鹿だな、アリアは」
思わず、そう呟いていた。
「ルカ様……?」
「どうして一人で抱え込むんだよ。どうして……僕に相談してくれなかったんだ」
拳を握りしめる。
九年間。
彼女は一人で、その呪いを抱えていたのか。
僕に会いたいと思いながら、会えなかった。
僕を愛しながら、愛せなかった。
その苦しみを——僕は、何も知らなかった。
「お願いです、ルカ様……!」
クローネが、深く頭を下げた。
「アリア様を……助けてあげてください……! 昔の、笑っていた頃のリアちゃんを……取り戻してあげてください……!」
その声は、悲痛な叫びだった。
「クローネ」
僕は彼女の肩に手を置いた。
「顔を上げてくれ」
「……っ」
クローネがゆっくりと顔を上げる。涙で濡れた瞳が、僕を見つめていた。
「教えてくれて、ありがとう。君がいなかったら、僕は何も分からないまま……諦めていたかもしれない」
「ルカ様……」
「僕は、アリアを助ける」
真っ直ぐに、彼女の目を見つめて言った。
「どんな呪いがあろうと——僕は、諦めない。必ず、アリアを救ってみせる」
クローネの目から、また涙がこぼれた。
でも、今度は——少しだけ、希望の光が混じっていた。
「……ありがとう、ございます……!」
「それと、クローネ」
「はい……?」
「三年前の約束、覚えてる?」
クローネは一瞬、きょとんとした顔をした。
「約束……?」
「手作りパフェ。ご馳走してくれるって言ってたよね」
「——っ」
クローネの顔が、みるみる赤くなった。
「お、覚えて……!? あ、あれは、その……!」
「全部終わったら、約束を果たしてもらうからね」
「え、あ、その……っ」
クローネは口をぱくぱくさせて、言葉を失っていた。
その様子を見て、僕は少しだけ笑った。
「……ふふっ」
隣で、リゼが小さく息を吐いた。
「ルカ様。このような時に、他の女性と約束の話などされるのは、いかがなものかと」
「え、別にそういうつもりじゃ——」
「私は何も申しておりません」
リゼの声は平坦だったが、その目はどこか冷たかった。
「……あの」
クローネが、咳払いをして姿勢を正した。
「と、とにかく……! 私は、ルカ様に協力いたします。アリア様のために、私にできることは何でもします」
「ありがとう。心強いよ」
「それで……具体的には、どうされるおつもりですか?」
クローネの問いかけに、僕は少し考えた。
呪いを解く方法。
今の僕には、見当もつかない。
でも——。
「まずは情報を集めたい。呪いについて、魔剣について。何か手がかりがあるはずだ」
「魔剣の呪い……そういったことに詳しい方は……」
「一人、心当たりがある」
僕の脳裏に、ある少女の顔が浮かんだ。
金色の髪。翠色の瞳。慈愛に満ちた笑顔。
「ティアーヌ……昔、僕の領地の近くに住んでいた子がいるんだ。今は聖女になっていると聞いている。彼女なら、何か知っているかもしれない」
「聖女様……!」
クローネの目が、僅かに輝いた。
「ルカ様のお知り合いに、聖女様が……! 確かに、教会には古い文献も多くあると聞きます」
「ああ。明日、会いに行ってみる」
九年ぶりの再会になる。
孤児院にいた頃のティアーヌは、まだ聖女ではなかった。でも、あの優しさは——きっと今も変わっていないはずだ。
「クローネ、今日はありがとう。危険を冒して来てくれて」
「いえ……私は、アリア様の味方です。そして……」
クローネは、少し恥ずかしそうに俯いた。
「三年前、助けていただいた恩を……ようやく返せる気がして」
「そっか……ところで、クローネ」
「はい?」
「どうして君は、そこまでアリアのために……? 危険を冒してまで、僕のところに来てくれた」
クローネは、少し驚いたような顔をした後、柔らかく微笑んだ。
「アリア様とは、幼い頃からずっと一緒でした。姉妹のように育ってきたんです」
「姉妹のように……」
「私は侍女の家に生まれました。物心ついた頃には、もうアリア様のお傍にいて……一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に泣いて」
クローネは、懐かしむように目を細めた。
「アリア様は、私にとってただの主人ではありません。大切な……かけがえのない幼馴染なんです」
「そうだったのか……」
「だから、見ていられないんです。あんなに優しくて、あんなに強いリアちゃんが……一人で苦しんでいるのを」
その言葉には、深い愛情が込められていた。
「必ず、アリア様を救いましょう。……私も、全力でお手伝いいたします」
クローネはそう言って、フードを被り直した。
「では、私はこれで。あまり長く留守にすると、怪しまれますので」
「ああ。気をつけて」
「はい。また、連絡いたします」
クローネは一礼して、部屋を出ていった。
その足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
「……ルカ様」
リゼが、静かに声をかけてきた。
「大変なことに、なりましたね」
「ああ」
僕は窓の外を見た。
夜空には、雲の切れ間から星が見えていた。
魔剣の呪い。
最愛の人と結ばれたら、相手の命を奪う。
そんな残酷な運命を、アリアは一人で背負っていた。
「……でも」
僕は、拳を握りしめた。
「諦めない。絶対に、方法を見つけてみせる」
「……はい」
リゼは静かに頷いた。
「主がそうお決めになったのなら、私はどこまでもお供いたします」
「ありがとう、リゼ」
明日は、ティアーヌに会いに行く。
確実とはいえないが、きっとそこに——希望がある。
僕はそう信じて、夜を越えた。




