第8話 魔剣の代償
——あの時の少女。
記憶が、現在に繋がった。
目の前の女性の顔。
栗色の髪。ヘーゼルの瞳。三年前より少し大人びているけれど、確かに同じ顔だった。そして、胸元に光るあのペンダント。
「君は……三年前、王都で……」
「……覚えて、いらしたんですね」
女性は——いや、彼女は、驚いたように目を見開いた。
そして、その瞳がみるみる潤んでいく。
「あの時のこと……覚えていてくださったんですか……」
「もちろん。忘れるわけないよ」
「……っ」
彼女は、両手で口元を押さえた。
その目から、涙がこぼれ落ちる。
「ごめんなさい、私……嬉しくて……」
「え?」
「あの日、助けていただいた方が……ずっと、覚えていてくださったなんて……」
彼女は涙を拭いながら、どこか切なそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。
「申し遅れました。私はクローネ。アリア様の専属侍女を務めております」
「クローネ……」
あの時、聞けなかった名前。ようやく知ることができた。
「三年前は、本当に失礼いたしました。あなたのお名前を聞いて、動揺してしまって……」
「どうして僕の名前で……?」
クローネは、少し俯いた。
「あなたのことは……ずっと前から知っていました。アリア様から、何度もお話を伺っていましたから」
「アリアから……?」
「はい」
クローネは顔を上げた。その目には、涙が滲んでいた。
「アリア様は……九年間、ずっとあなたのことを想っていらしたんです」
心臓が、大きく跳ねた。
「アリア様にとって、ルカ様は……初恋の人。唯一、対等に接してくれた人」
クローネは、懐かしむように目を細めた。
「私がアリア様の侍女になってから……何度も何度も、あなたとの思い出を語ってくださいました。山で出会ったこと、一緒に笑ったこと、約束を交わしたこと……」
「アリアが、そんなことを……」
「ええ。『ルカは優しかった』『ルカは強かった』『ルカと一緒なら、どこへだって行ける気がした』って……まるで宝物のように、大切に話してくださるんです」
胸が、締め付けられた。
アリアは——ずっと、僕のことを。
「でも、今日——」
「あれは嘘です」
クローネは、はっきりと言った。
「アリア様は、あなたを遠ざけようとしているんです。あなたを……守るために」
「守る……?」
「はい」
クローネは、一度深く息を吸った。
「アリア様は……王女としての責務を果たしながらも、ずっと苦しんでいらっしゃいました」
「苦しんで……」
「籠の中の鳥のような日々。どれだけ剣を磨いても、どれだけ努力しても、王女という立場からは逃れられない。ルカ様との約束を果たしたくても、このままでは一生、自由にはなれない……」
クローネの声が、震えた。
「アリア様は、焦っておられたんです。ただ鍛錬を積むだけでは、この籠から抜け出せない。もっと——もっと強い力があれば、何かが変わるかもしれない、と」
「まさか……」
「はい。アリア様は……王家に伝わる魔剣に、手を伸ばしてしまったんです」
「魔剣……!」
「その才能は本物でした。血の滲むような努力の末、今では王国随一と謳われるほどに。そして、その実力が認められて……魔剣を継承する権利を得たんです」
クローネは、苦しそうに目を伏せた。
「魔剣の力があれば、今の状況を変えられるかもしれない。ルカ様と一緒にどこへでも行ける——アリア様は、そう信じていました」
「……」
「危険なことは……分かっていました。私も、何度もお止めしようとしました。でも……」
クローネの声が、途切れた。
「……でも、私には……見ていることしかできなくて……」
その言葉には、深い後悔が滲んでいた。
「そして——代償は、あまりにも残酷でした」
クローネは顔を上げ、涙を堪えながら言った。
「アリア様が持つ魔剣——【ロスト・ディザイア】。その呪いの内容は……『最愛の人と結ばれた時、その相手の命を奪う』——それが、アリア様にかけられた呪いなんです」
頭が、真っ白になった。
最愛の人と結ばれたら、相手の命を奪う。
それは——つまり——。
「アリア様は、あなたを愛しています。だからこそ……あなたを遠ざけようとしているんです」
クローネは、涙を流しながら言った。
「あなたと結ばれたら、あなたが死んでしまう。だから、嫌われようとしている。憎まれようとしている。全部……あなたを守るためなんです……!」
「……っ」
アリアの冷たい目が、脳裏に蘇った。
「覚えていない」という声。「二度と現れるな」という言葉。
あれは——全部、僕のためだったのか。
僕を守るために、彼女は——。




