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第5話 王都、到着

王都までの道のりは、馬車で三日ほどかかった。

その間、僕はほとんど眠れなかった。

目を閉じるたびに、九年前の光景が蘇る。

騎士たちに連れ去られていくアリア。泣きながら僕の名前を呼ぶ声。「迎えに来て」という、最後の叫び。

——今のアリアは、どんな顔をしているだろう。

あの頃と同じように笑っているだろうか。それとも——。


「……ルカ様」


向かいの席に座っていたリゼが、静かに声をかけてきた。


「表情が、あまりよろしくないようですが」


「……そうかな?」


「はい」


リゼは真っ直ぐに僕を見つめていた。


「悩み事であれば、私が……」


「いや、大丈夫だよ」


僕は首を振った。


「心配かけたね」


「……そうですか」


リゼは少し俯いた。

馬車の揺れだけが、しばらく二人の間を満たしていた。


「……もし、私にできることがあれば」


リゼが、再び口を開いた。

その声は、いつもより少しだけ——柔らかかった。


「すぐに、おっしゃってください」


「リゼ……」


「ルカ様は、私にとって……」


リゼは、一瞬だけ言葉を切った。

その青い瞳が、僕を真っ直ぐに見つめる。


「……大切な、主君ですから」


その言葉には、どこか——「主君」という言葉だけでは収まりきらない、何かが込められているような気がした。

でも、僕にはそれが何なのか、分からなかった。


「……うん、頼りにしてるよ」


「……はい」


リゼは、小さく頷いた。

その表情は、いつもの無表情に戻っていた。

でも、その頬が——僅かに、赤くなっていたような気がした。

気のせい、だろうか。



「ルカ様」


リゼの声で、僕は我に返った。

いつの間にか、窓の外の景色が変わっていた。


「間もなく、王都に到着いたします」


「……ああ、ありがとう」


馬車の窓から外を見る。

見覚えのある城壁が、遠くに見えてきていた。

九年ぶりの王都。

あの日、僕はこの街から追い出された。二度と戻ることはないと思っていた。

それが今——。


「……行こう」


僕は小さく呟いた。



王都の街並みは、記憶の中にあるものとほとんど変わっていなかった。

石畳の大通り。立ち並ぶ商店。行き交う人々の喧騒。


「リゼは、王都にはあまり来たことないんだっけ?」


僕は隣を歩くリゼに尋ねた。


「そうですね。特に王都での役目などもありませんでしたし」


リゼは周囲を見回しながら答えた。


「ルカ様は、王都には何度か来ていますよね」


「そうだね。役目があるから」


子爵として、定期的に王都を訪れる必要があった。上納金を納めたり、王家への報告を行ったり。

それは、廃嫡されて子爵になってからも変わらなかった。


「律儀にこなしていらっしゃいますよね」


「不誠実なことはしたくないからね」


侯爵家から子爵家に落とされても、やるべきことはやる。

それが、僕にできる精一杯のことだった。


「……素晴らしいと思います」


リゼの声が、少しだけ柔らかくなった。


「それに、そのおかげで……こうしてルカ様のもとで仕えることができたわけですから」


「……え?」


僕は足を止めて、リゼを見た。


「どういう意味?」


「……」


リゼは、少しだけ視線を逸らした。


「私の両親は、元々アーデンハイト侯爵家に仕えておりました。ですが……」


リゼは、静かに続けた。


「廃嫡された後も、一人で子爵としての務めを果たし続けるルカ様を見て……両親は、私に言いました」


「何て?」


「『お前自身が彼を見定め、仕える主を決めろ』と」


「……」


「私は……ルカ様を見て、決めました。この方こそが、私が仕えるべき主だと」


リゼの青い瞳が、真っ直ぐに僕を見つめていた。


「だから……ルカ様が律儀に務めを果たしてこられたことは、私にとっても意味があることなのです」


「……そうだったのか」


知らなかった。

リゼが、そんな風に思っていたなんて。


「……ありがとう、リゼ」


「いえ。事実を申し上げただけです」


リゼは、いつもの無表情に戻った。

でも、その目には——どこか、誇らしげな光が宿っていた。



街並みを歩きながら、僕の足は自然と王城の方角へ向いていた。

あの城の中に、アリアがいる。

九年間、ずっと会いたかった人が。

でも、僕の目には街の景色が灰色に見えた。

今の僕には、アリアのことしか頭になかった。


「……焦っては、いけないな」


自分に言い聞かせる。

今の僕は「アーデンハイト子爵」だ。いきなり王城に押しかけても、門前払いを食らうだけだろう。

正式な手続きを踏んで、謁見の許可を得なければ。


「リゼ、明日の謁見の手配を頼める?」


「はい、既に手配済みです」


「え?」


僕が驚いて振り向くと、リゼは手紙を取り出した。

「出発と同時に、最速の早馬で先触れを出しました。昨日、宿に王城からの返書が届いております。明日の午後、王女殿下との謁見が許可されました」


「……早すぎないか?」


僕は手紙を受け取りながら言った。


「一介の子爵が、王女殿下に謁見を申し込んで、こんなにすぐに許可が下りるなんて」


「異例のことです」


リゼは真剣な眼差しで言った。


「通常なら数週間は待たされます。……おそらく、王女殿下がルカ様のお名前を見て、即座に許可を出されたのでしょう」


「アリアが……」


会ってくれる。

それだけで、胸が熱くなった。


「……ありがとう、リゼ。助かるよ」


「もったいないお言葉です」


彼女は深く頭を下げた。

その姿を見て、僕は改めて思った。

この六年間、リゼがいなかったら、僕はここまで来られなかっただろう。

彼女の支えがあったからこそ——僕は今、ここに立っている。


「……よし」


僕は前を向いた。


「明日に備えて、今日はしっかり休もう」


「はい」



その夜。

宿の一室で、僕は天井を見つめていた。

眠れなかった。

明日、アリアに会う。

九年ぶりに、あの子と言葉を交わす。

——何を言えばいいんだろう。

「久しぶり」?「元気だった」?

そんな言葉では、足りない気がした。

九年という時間は、あまりにも長い。

お互いに、もう子供ではない。あの頃のように、無邪気に笑い合えるかどうかも分からない。

それに——政略結婚。

アリアは、本当にそれを望んでいるのだろうか。

あの自由を夢見ていた少女が、籠の中に閉じ込められることを受け入れたのだろうか。


「……分からない」


分からないから、確かめに行く。

この目で見て、この耳で聞いて。

彼女の本心を、知りたい。


「……アリア」


小さく、その名前を呼んだ。

返事はない。当たり前だ。

でも、明日には——。

僕は目を閉じた。

眠れないまま、夜が更けていった。

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