表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

第28話 ティアーヌの意思

翌日、僕は大聖堂を訪れた。


「ルカさん」


ティアーヌは、いつもの穏やかな笑顔で僕を迎えてくれた。


「また来てくださったんですね。嬉しいです」


「急に押しかけてごめん。話したいことがあって」


「いえ、いつでも歓迎ですよ。さあ、どうぞ」


ティアーヌに案内され、前回と同じ小さな書斎に通された。

扉が閉まると、僕は本題を切り出した。


「実は、作戦が動き出したんだ」


「作戦……ドミニク公爵の件ですか?」


「ああ」


僕は、これまでの経緯を説明した。

シルフィーネから得た情報。監獄に囚われた亜人たちのこと。魔法障壁と魔導機器。そして、レグナス殿下との交渉。


「……つまり、亜人たちを解放するために、監獄に潜入するんですね」


「そうだ。魔導機器を破壊して障壁を消せば、殿下の軍が突入してくれる。そこで亜人たちを解放する」


「……」


ティアーヌは、しばらく黙っていた。

その翠色の瞳が、何かを考え込むように揺れている。


「ルカさん」


やがて、彼女が口を開いた。


「私も、その作戦に参加させてください」


「……え?」


予想外の言葉だった。


「参加って……ティアーヌが?」


「はい。治癒術士として」


ティアーヌは、真っ直ぐに僕を見つめた。


「解放された亜人たちの中には、怪我をしている方や、衰弱している方も多いはずです。治癒術士が必要になります」


「それは……そうだけど」


「でも、おそらく——」


ティアーヌの声が、少しだけ沈んだ。


「軍に同行する治癒術士の大半は、ソルミナ教の信徒です。彼らは……教義に従って、亜人の治療を避けるでしょう」


「……」


「『天使に見捨てられた罪深き存在』——教義では、亜人はそう定義されています。信仰深い治癒術士ほど、彼らに手を差し伸べることを拒むはずです」


ティアーヌの言葉には、苦い響きがあった。

自分が仕える教団の教義を、批判しているのだ。それがどれほど彼女の心を痛めているか——僕には、分かる気がした。


「だから、私が行きます」


ティアーヌは、決意を込めた目で言った。


「私なら、亜人の方々も、人間の兵士たちも、分け隔てなく治療できます」


「……」


僕は、少し考えた。

彼女の言うことは正しい。解放された亜人たちには、治癒術士が必要だ。そして、教義に縛られずに治療できる者となると——確かに、限られてくる。

でも。


「ティアーヌ。君の気持ちは嬉しい。でも……」


「はい?」


「君が表立って亜人の治療を行うことになる。それは……さすがに問題になるんじゃないか?」


「……」


「君は聖女だ。ソルミナ教の象徴と言ってもいい。その君が、教義に反する行動を取れば——教会からの風当たりは、相当なものになる」


ティアーヌは、しばらく黙っていた。

そして——ふわりと、微笑んだ。


「そうですね」


穏やかな声だった。


「確かに、問題になるかもしれません」


「だったら——」


「でも」


ティアーヌが、僕の目を真っ直ぐに見つめた。

その翠色の瞳には、静かな、でも揺るぎない光が宿っていた。


「ルカさんなら、なんとかしてくれますよね?」


「……え」


「私、信じてますから」


にっこりと、聖母のような笑顔。

でも、その目は——完全に僕に丸投げしていた。


「いや、ちょっと待って。なんとかって……」


「ルカさんは、レグナス殿下を説得したんですよね?だったら、きっと大丈夫です」


「いやいや、それとこれとは——」


「私、ルカさんのこと、信じてますから」


もう一度、同じ言葉を繰り返された。

その笑顔は、完璧に無垢で、完璧に信頼に満ちていて——。


「……はぁ」


僕は、深くため息をついた。

勝てない。この笑顔には、絶対に勝てない。


「……分かったよ。なんとかする」


「本当ですか!」


ティアーヌの顔が、ぱっと輝いた。


「ありがとうございます、ルカさん! あなたが協力してくれるなら、とっても心強いです!」


「いや、協力っていうか……僕が協力してもらう側なんだけど……」


「大丈夫です。例えどんなことがあっても、私はルカさんの傍にいますから」


ティアーヌは、嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔を見ていると——まあ、いいか、という気持ちになってくるから不思議だ。


「……頼りにしてるよ、ティアーヌ」


「はい。任せてください」


彼女は、胸の前で両手を組んだ。


「苦しんでいる方々のために——私にできることを、精一杯やります」


その言葉には、聖女としての使命感と——それ以上の、彼女自身の優しさが込められていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ