第26話 レグナスとの交渉
翌日。
僕は王城の謁見の間にいた。
正面の玉座には、一人の男が座っている。
金色の髪に、鋭い青の瞳。整った顔立ちには、生まれながらの支配者としての威厳が宿っていた。
レグナス・アステリナ。
アリアの異母兄にして、第一王子。この国の次期国王最有力候補。
——そして、九年前。僕を廃嫡へと追いやった張本人。
「久しいな、アーデンハイト子爵」
レグナスが、玉座から僕を見下ろした。
「まさか、お前の方から謁見を求めてくるとはな」
「お時間をいただき、ありがとうございます」
僕は頭を下げた。
正直、謁見が許可されたこと自体が意外だった。九年前に廃嫡へ追いやられた相手が、わざわざ会ってくれるとは思わなかった。
「……殿下。失礼を承知でお聞きしますが、なぜ謁見をお許しいただけたのでしょうか」
「ほう、それを聞くか」
レグナスは、僅かに口角を上げた。
「お前、マルシャンを出し抜いたそうだな」
「……!」
「あの宰相の弱みを握り、アリアの婚約を破棄させた。辺境の子爵風情が、なかなかの手腕じゃないか」
「……恐れ入ります」
「勘違いするなよ。褒めているわけではない」
レグナスの目が、冷たく光った。
「有能なら、その力を示せ。できなければ——それで終わりだ。俺は使えない駒に興味はない」
「……承知しております」
内心の感情は、押し殺す。今は、私情を挟む時ではない。
「それで? 用件は何だ」
「ドミニク公爵の件です」
「ほう」
レグナスの目が、僅かに細められた。
「公爵が軍を動かそうとしていることは、殿下もご存知かと」
「当然だ。我が国に牙を剥こうとする愚か者のことは、把握している」
「その公爵軍を、無力化する策があります」
「……ほう?」
レグナスが、身を乗り出した。
興味を引いたようだ。
「公爵軍の中核には、亜人で構成された精鋭部隊がいます」
「知っている。厄介な連中だ」
「彼らは、家族を人質に取られて戦わされています」
「……」
「公爵領内に、秘密の収容施設があります。そこに、亜人たちの家族——女性、子供、老人が囚われている」
僕は、真っ直ぐにレグナスを見つめた。
「その人質を解放すれば、亜人の部隊は戦う理由を失います」
「……なるほど」
レグナスは、顎に手を当てて考え込んだ。
「理屈は分かる。だが、どうやって解放する? その収容施設とやらは、簡単に落とせるのか」
「施設には、強力な魔法障壁が張られています。正面から攻めても、時間がかかりすぎる」
「ならば——」
「ですので」
僕は、一歩前に出た。
「少数精鋭で潜入し、障壁の核となる魔導機器を破壊します。障壁が消えれば、外から一気に攻め込める」
「潜入……?」
レグナスの眉が、僅かに上がった。
「誰がやる」
「僕がやります」
「……何?」
「潜入は、僕と僕の従者で行います。危険な役割は、こちらで引き受けます」
レグナスは、しばらく僕を見つめていた。
その目には、驚きと——どこか、値踏みするような光があった。
「お前が、自ら潜入すると?」
「はい」
「失敗すれば、命はないぞ」
「承知しています」
「……」
沈黙が落ちた。
レグナスは、玉座の肘掛けを指で叩きながら、僕を見つめ続けていた。
「……それで、俺に何を求める」
「障壁が消えた後の突入部隊です」
僕は、はっきりと言った。
「僕たちが魔導機器を破壊し、障壁を消す。その合図と共に、殿下の軍が突入し、亜人たちを解放する——それが、作戦の骨子です」
「つまり、俺に軍を出せと」
「はい」
レグナスは、ふっと笑った。
「面白いことを言う。お前は、九年前に俺の怒りを買って廃嫡された身だぞ? それが、俺に協力を求めるとはな」
「……」
「恥も外聞もないのか?」
「ありません」
僕は、真っ直ぐに答えた。
「アリアを救うためなら、何でもします。殿下に頭を下げることくらい、何でもない」
「……」
レグナスの目が、僅かに見開かれた。
「……相変わらず、妹に執着しているようだな」
「執着ではありません。約束です」
「約束?」
「九年前、アリアと交わした約束があります。僕は、それを果たしに来ました」
「……」
レグナスは、しばらく黙って考え込んでいた。
「……なるほど。人質解放、か」
「殿下?」
「囚われた亜人たちを救出するという大義名分があれば、こちらから軍を動かしても侵略とは見なされない。むしろ、人道的な介入として正当化できる」
レグナスの口元に、薄い笑みが浮かんだ。
やはり、この人は——政治的な計算を欠かさない。
「……いいだろう」
「え?」
「軍を出してやる。お前が障壁を破壊したら、俺の軍が突入する」
「……本当ですか」
「二度は言わん」
レグナスが立ち上がった。
「ただし、条件がある」
「条件……?」
「この作戦が成功した暁には——お前の功績として、正式に発表する」
「僕の、功績……?」
「ああ。ドミニク公爵の野望を打ち砕いた英雄として、お前の名を広める。そうすれば、アーデンハイト子爵家の地位も上がるだろう」
「……」
意外だった。
てっきり、手柄は自分のものにすると思っていた。
「……なぜ、そこまで」
「勘違いするな」
レグナスが、冷たい目で僕を見下ろした。
「俺は、使える駒は使う主義だ。お前が英雄になれば、それは俺の派閥の力になる。ただ、それだけのことだ」
「……なるほど」
政治的な計算か。
レグナスらしい、と言えばらしい。
「それと——」
レグナスが、僅かに声を落とした。
「失敗は許さん。もし障壁を破壊できなければ、お前は二度と王都の土を踏むな」
「……承知しました」
「よし。では、詳細は後ほど詰める。下がれ」
「はい。ありがとうございます、殿下」
僕は深く頭を下げ、謁見の間を後にした。




