第25話 地図
「さて、このくらいでいいですかね」
シルフィーネが、完成した地図を僕に手渡した。
「ありがとう。これで、作戦を立てやすくなる——」
言いかけて、僕は地図の細部に目を留めた。
侵入経路が、細かく書き込まれている。外壁の死角、警備の巡回ルート、そして——最終的に辿り着く先。
監獄の中央、最も奥まった区画。そこには『魔導機器』と記されていた。
「……この侵入経路、ここに辿り着くためのものか」
「お気づきになりましたか」
シルフィーネが、小さく微笑んだ。
「この監獄には、魔法障壁が張られているんですよ。外部からの魔法攻撃は全て弾かれてしまいます」
「魔法障壁……」
「ええ。かなり強力なものです。物理攻撃で壁を破ろうにも、あの厚さでは相当な時間がかかる。仮に大軍を率いて包囲しても、その間に中の人質がどうなるか……」
「……つまり、正攻法では間に合わない」
「そういうことです」
シルフィーネは、地図の中央を指差した。
「ここにあるのが、障壁の核となる魔導機器。これを破壊すれば、魔法障壁は消失します」
「だから、この侵入経路か」
「ええ。少数精鋭で潜入し、魔導機器を破壊する。そうすれば——」
「障壁が消えて、外から一気に攻め込める」
僕の言葉に、シルフィーネは満足そうに頷いた。
「さすがですね。話が早くて助かります」
「……最初から、これが狙いだったんだね」
「さて、どうでしょう」
シルフィーネは、とぼけたように肩をすくめた。
「わたくしはただ、地図をお渡ししただけですよ。」
——本当に、食えない人だ。
でも、嫌いじゃない。こういう駆け引きができる相手は、信用できる。少なくとも、裏表なく接してくる分には。
「なるほど……」
頭の中で、作戦の輪郭が形になっていく。
少数精鋭で監獄に潜入し、魔導機器を破壊する。
障壁が消えたら、外で待機している味方が突入。
囚われた亜人たちを解放し、脱出——。
「……それが、『プリズンブレイク』の骨子になりそうだね」
「ふふ、まだその名前で呼ぶのですか」
シルフィーネが、小さく笑った。
「……他にいい案がないんだ」
「まあ、いいでしょう。分かりやすいですし」
シルフィーネは椅子から立ち上がり、窓際へと歩いた。
夕暮れの光が、彼女の横顔を照らしている。
「わたくしの手助けは、ここまでです」
「……え?」
「情報は渡しました。地図も、名簿も。あとは——貴方たち次第です」
シルフィーネが、振り返った。
その紫色の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめる。
「わたくしはソリュシアの王女。アステリナの内政に、これ以上深入りするわけにはいきません」
「……そうだね。十分すぎるくらい助けてもらった」
「分かっていただけて何よりです」
シルフィーネは、小さく微笑んだ。
「それに——」
彼女は、一歩だけ僕に近づいた。
「貴方なら、やり遂げられるはずです」
「……どうしてそう思う?」
「三年かけて、あのパズルを解いた人ですから」
シルフィーネの目が、悪戯っぽく光った。
「一度決めたことは、絶対に諦めない。どれだけ時間がかかっても、必ず答えに辿り着く——そういう方なのでしょう?」
「……買いかぶりすぎだよ」
「さて、どうでしょうね」
シルフィーネは肩をすくめ、それから——真剣な目で僕を見つめた。
「期待していますよ、ルカ様」
その声には、社交辞令ではない——本物の期待が込められているように聞こえた。
「……ああ。必ず、成功させてみせる」
僕は、地図を握りしめて答えた。
シルフィーネは満足そうに頷き、優雅に一礼した。
「では、ご武運を」
「ありがとう、シルフィーネ」
僕は部屋を後にした。
手の中には、彼女が描いた地図がある。
——これで、全てのピースが揃った。
あとは、作戦を実行するだけだ。




