第23話 作戦会議
「シルフィーネ王女殿下……!?」
「ふふ、驚かせてしまいましたか?」
シルフィーネは、優雅な足取りで部屋に入ってきた。
「失礼。たまたま通りかかったら、興味深い話が聞こえてきたものですから」
たまたま、ではないだろう。
彼女のことだ。最初から、僕たちの動向を把握していたに違いない。
「……それで、答えとは?」
「これを」
シルフィーネは、懐から一束の書類を取り出した。
「どうぞ。目を通してみてください」
僕は書類を受け取り、中身に目を通した。
「これは……」
名簿だった。
びっしりと書き連ねられた名前の羅列。そして、それぞれの名前の横には——種族、年齢、性別が記されている。
獣人。十二歳。女。
獣人。六十七歳。男。
獣人。三歳。男。
「……子供や老人ばかりだ」
「ええ。ドミニク公爵が所有する、秘密の収容施設の収容者名簿です」
シルフィーネは、淡々と説明した。
「そこには、亜人たちが囚われています。女性、子供、老人……戦えない者たちばかり」
戦えない者たち。
家族。
「……そうか、人質か」
「ご明察です」
シルフィーネの目が、冷たく光った。
「公爵は、亜人の戦士たちの家族を人質に取っている。だから彼らは、公爵のために戦わざるを得ない」
亜人の部隊が公爵に従っている理由。
彼らが命を懸けて戦う理由。
全ては——家族を守るため。
「……どうやって、これを手に入れたんですか」
「さて、どうやってでしょうね」
シルフィーネは、意味深に微笑んだ。
答える気はないらしい。
「……」
僕は、再び名簿に目を落とした。
これだけの人数が、人質として囚われている。
そして——僕の頭の中で、一つの考えが形になった。
「……つまり」
顔を上げる。
「ここの亜人たちを解放できれば——」
「ええ」
シルフィーネが、僕の言葉を引き継いだ。
「ドミニク公爵に従っている亜人の部隊は、戦う理由を失う」
「家族が自由になれば、もう公爵のために命を懸ける必要はないということですか」
「その通りです」
シルフィーネは、満足そうに頷いた。
「さすがですね、ルカ様。話が早くて助かります」
「……」
僕は、資料を握りしめた。
これが——突破口だ。
正面から戦えば、亜人の部隊に苦戦する。
だが、その根本を断てば——戦わずして、彼らを無力化できる。
「作戦名は……」
僕は、少し考えて言った。
「『プリズンブレイク』。監獄を破り、囚われた者たちを解放する」
「……」
「……」
「……」
三人が、同時に黙り込んだ。
「……え?」
「ルカ様、それは……」
リゼが、珍しく言葉を濁した。
「その……もう少し、こう……」
「……ルカ様」
クローネも、困ったような笑みを浮かべている。
「お気持ちは分かるのですが……作戦名としては、少々……」
「ふふっ」
シルフィーネが、小さく吹き出した。
「……直球すぎませんか、子爵殿」
「え、そうかな……分かりやすくていいと思ったのですが」
三人の視線が痛い。
「……まあ、作戦名は後で考えましょう」
シルフィーネが、笑いを堪えながら言った。
「それより、子爵殿。後ほど、わたくしの部屋に来ていただけますか?」
「部屋にですか?」
「ええ。お渡ししたいものがありますので」
「……分かりました」
何を渡されるのかは分からない。だが、断る理由もなかった。
「……ありがとうございます。でも、なぜそこまで協力をしていただけるのですか?」
「さて、なぜでしょうね」
シルフィーネは、はぐらかすように微笑んだ。
その視線が——ふと、テーブルの上に向けられた。
「……あら」
シルフィーネの目が、僕の前に置かれた二つ目のパフェに釘付けになっている。
いつもの冷静な仮面の奥で、何かが揺らいだように見えた。
「それは……パフェ、ですか?」
「あ、これは……」
僕は少し残念に思いながら答えた。正直、二つ目も楽しみにしていたのだが。
「リゼが甘いものが苦手で、僕が食べることになったんですけど……」
「まだ、手をつけていらっしゃらないようですね」
シルフィーネの目が、僅かに輝いた。
いつもの冷静な仮面が、一瞬だけ緩んだように見えた。
「……よろしければ、わたくしがいただいても?」
「え? ああ……もちろん、どうぞ」
二つ目のパフェへの未練を振り切り、僕は頷いた。
「ありがとうございます」
シルフィーネは、優雅な動作で椅子に腰掛けた。
そして、スプーンを手に取り——一口、パフェを口に運んだ。
「……っ」
その瞬間、シルフィーネの表情が変わった。
冷徹な策士の顔が消え、年相応の少女の顔が現れる。
「……美味しい」
小さく、でも確かに——そう呟いた。
「本当ですか?」
クローネが、嬉しそうに尋ねた。
「ええ、計算された甘さですね。特筆すべきはこのクリームの軽やかさ。油脂感を感じさせない口どけが、果実の鮮烈な酸味をより引き立てています」
シルフィーネは、二口目、三口目と、パフェを食べ進めていく。
その姿は——さっきまでの「千年に一度の天才」とは、まるで別人だった。
「……これは、誰が?」
「私が作りました」
クローネが答えると、シルフィーネの目が彼女を捉えた。
「貴女が?」
「はい。趣味で、お菓子作りを……」
「……ほう」
シルフィーネは、しばらくクローネを見つめていた。
何かを考えるように、紫色の瞳を細める。
「……クローネ、と言いましたね」
「はい」
「貴女、わたくしの専属にならない?」
「——え?」
クローネが、目を丸くした。
「わたくしの侍女として、ソリュシアに来ませんか。この腕前なら、王宮でも重宝されるでしょう」
「そ、それは……」
クローネは、困惑した顔で僕を見た。
そして、すぐにシルフィーネに向き直った。
「……光栄なお言葉ですが、お断りさせていただきます」
「理由を聞いても?」
「私は、アリア様にお仕えしております」
クローネは、真っ直ぐにシルフィーネを見つめた。
「アリア様の傍を離れるつもりはありません。例え、どのような条件を提示されても」
その声には、揺るぎない決意が込められていた。
「……そうですか」
シルフィーネは、少しだけ残念そうに目を伏せた。
「忠義深い方ですね。羨ましいことです」
「恐れ入ります」
「まあ、無理強いはしませんよ。ただ——」
シルフィーネは、再びパフェに視線を落とした。
「また、このパフェを食べさせていただけると嬉しいですね」
「……それでしたら、喜んで」
クローネが微笑んだ。
シルフィーネも、小さく笑みを返した。
——千年に一度の天才が、甘いパフェに目を輝かせている。
その姿は、どこか微笑ましかった。
「さて」
パフェを食べ終えたシルフィーネが、立ち上がった。
「では、ルカ様。後ほど、お待ちしておりますね」
「はい、後で伺います」
「ええ。では、また」
シルフィーネは優雅に一礼し、部屋を出ていった。
その背中を見送りながら、僕は思った。
——あの人は、本当に何を考えているんだろう。
僕たちに協力する理由。
あの資料を用意していた理由。
全てが、計算の上なのだろう。
だが——今は、その計算に乗るしかない。
アリアを救うために。
この戦いに、勝つために。
「……ルカ様」
クローネが、真剣な表情で口を開いた。
「私も、作戦に同行させてください」
「え?」
予想外の言葉だった。
「でも、クローネはアリアの傍にいるんじゃ……」
「アリア様のためですから」
クローネは、真っ直ぐに僕を見つめた。
——いや、少しだけ視線が揺れた気がした。
「それに、これ以上お二人に任せっぱなしでは……私の立場がありません」
「そういうことなら……でも、危険な目に遭うかもしれないよ」
「……っ」
クローネが、僅かに息を呑んだ。
その頬が、ほんのりと赤く染まる。
「そ、そういうことでしたら——」
彼女は、少しだけ胸を張った。
「こう見えても、王家侍女流・護衛術を会得しています。足手まといにはならないと思います」
「王家侍女流……」
聞いたことがある。
王族に仕える侍女たちに伝わる、護身と護衛のための武術。表向きは優雅な所作に見せかけながら、いざという時には主を守るための技を繰り出す——そんな流派だ。
「……分かった。頼りにしてる」
「はい! お任せください」
クローネが、嬉しそうに笑った。
その笑顔は——「アリア様のため」という言葉から想像するものより、ずっと眩しく見えた。
「……」
リゼが、何か言いたげな目でクローネを見ていた。
だが、何も言わなかった。
「……ルカ様」
リゼが、静かに僕の方へ向き直った。
「作戦、本当に実行されるのですか」
「ああ」
僕は頷いた。
「監獄を襲撃し、亜人たちを解放する。それが、この戦いの鍵だ」
「危険です。失敗すれば——」
「分かってる」
僕は、リゼの目を真っ直ぐに見つめた。
「でも、やらなければいけない。これが、僕たちにできる最善の方法だから」
リゼは、しばらく僕を見つめていた。
そして——小さく頷いた。
「……畏まりました。主がそうお決めになったのなら、私はどこまでもお供いたします」
「ありがとう、リゼ」
窓の外では、夕日が沈みかけていた。
戦いの時が、近づいている。




