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第20話 新たな接触

数日後。

僕の元に、クローネからの手紙が届いた。

『婚約破棄が正式に決定しました。詳細は直接お伝えします』



その夜、クローネが宿を訪れた。


「ルカ様、お伝えした通り……婚約破棄が正式に決まりました」


「……本当に」


「はい。今朝、王宮で正式な発表がありました」


クローネは、どこか信じられないという顔をしていた。


「正直、こんなに早く決まるとは思いませんでした。マルシャン宰相が、驚くほど手際よく動いてくれたようです」


「……そうか」


僕は、複雑な気持ちで頷いた。

マルシャン宰相。

あの男は、約束を守った。

それも、予想以上の速さで。


「どうやってレグナス殿下を説得したのか……詳しいことは分かりませんが、噂では——」


クローネは声を潜めた。


「婚約破棄によって、むしろ王国に利益がある、という論法だったようです」


「利益?」


「はい。ドミニク公爵が怒って戦争を仕掛けてくれば、その報復として——マルディナ王国の金鉱山を奪取できる、と」


「……なるほど」


僕は、思わず唸った。

マルディナ王国には、大陸でも有数の金鉱山がある。それを手に入れることができれば、アステリナ王国の国力は大幅に増す。

婚約破棄という「失態」を、むしろ「好機」に変える——。


「あの男……本当に有能だな」


「え?」


「いや、何でもない」


僕は首を振った。

マルシャン宰相は、腐敗した享楽家だ。闇オークションに関わり、亜人を食い物にしている外道だ。

だが——政治家としての能力は、本物だった。

レグナス第一王子という野心家を相手に、婚約破棄を認めさせる。それも、王子にとって利益になる形で。

あの短期間で、それをやってのけた。


「……油断はできないな」


「ルカ様?」


「あの男は、いつか必ず僕を利用しようとする。今回の件で、僕という駒の価値を見極めたはずだ」


「……」


「でも、今はそれでいい。アリアを救うことが、最優先だから」


僕は立ち上がった。


「約束通り、書類は破棄しよう。それで、宰相との取引は一段落だ」


「はい……ですが、ルカ様」


クローネが、少し言いにくそうに言った。


「一つ、気になる情報がありまして……」


「何だ?」


「ドミニク公爵が……動き出しているようです」


「……っ」


「婚約破棄の知らせを受けて、公爵は激怒されたとか。まだ確定ではありませんが……軍を動かす準備を始めているという噂があります」


「……そうか」


予想はしていた。

ドミニク公爵は、執念深い男だ。面子を潰されて、黙っているはずがない。


「……ありがとう、クローネ。助かるよ」


「いえ、何かあればすぐにお申し付けください」



クローネが去った後、僕は窓の外を見つめていた。


「……ルカ様」


リゼが、静かに声をかけてきた。


「戦争が起きるかもしれない、ということですね」


「ああ」


「……どうされるおつもりですか」


僕は、少し考えてから答えた。


「僕が始めたことだ。僕が、責任を取る」


「責任……?」


「もし戦争になったら、僕は前線に出る」


その言葉を口にした瞬間、自分の心臓が大きく跳ねた。

戦争。

——正直に言えば、考えたこともなかった。

剣の鍛錬は積んできた。野盗や魔獣との戦いなら、経験もある。

でも、戦争は違う。

人と人が殺し合う。国と国がぶつかり合う。

そんな場所に、僕は立ったことがない。

怖い、と思った。

手が、僅かに震えている。


「ルカ様……!」


リゼの顔が、強張った。


「それは危険です。相手はマルディナ王国の正規軍……!」


「……分かってる」


僕は、震える手を握りしめた。

怖い。本当に怖い。

でも——。


「傍観しているわけにはいかない」


僕は、拳を握りしめた。


「アリアを救うために婚約を破棄させた。その結果、戦争が起きようとしている。その責任は——僕にある」


「……」


「……怖いよ」


僕は、正直に言った。


「戦争なんて、考えたこともなかった。人を……殺すかもしれない。僕自身が、死ぬかもしれない」


「ルカ様……」


「でも」


僕は、顔を上げた。


「逃げるわけにはいかない。僕が始めたことだから。僕が蒔いた種だから——僕が、刈り取らなければならない」


それが、責任を取るということだ。


「具体的にどうするかは、まだ考えがまとまっていない。でも、必ず方法を見つける」


リゼは、しばらく僕を見つめていた。

その目には、心配と——どこか、誇らしげな光が混じっていた。


「……分かりました。主がそうお決めになったのなら」


「リゼ」


「私は、どこまでもお供いたします。例え戦場であろうと——この命に代えても、主をお守りします」


「……ありがとう、リゼ」


僕は、窓の外を見た。

夜空には、星が瞬いていた。

戦争が迫っている。

時間は、あまりない。

でも——必ず、道を見つける。

アリアを守るために。この国を守るために。



——同じ頃、王城の離宮——

庭園に面したテラスで、二人の王女が向かい合っていた。

アリア・アステリナと、ソリュシア王国の王女シルフィーネ。

シルフィーネは、アステリナとの外交交渉のため、数日前から王都に滞在していた。今日の茶会は、その前段階としての形式的なものだった。


「お茶のお代わりはいかがですか、シルフィーネ殿下」


「ええ、いただきますね」


シルフィーネは優雅にカップを受け取りながら、何気ない様子で話題を変えた。


「それにしても驚きました、アリア王女殿下」


「何がでしょう?」


「あの宰相マルシャンと、ドミニク公爵の連名による結婚案が、まさか白紙になるとは」


シルフィーネの紫色の瞳が、アリアを捉えた。


「一体、どのような政治的取引(カード)を使ったのですか?」


アリアは、少し間を置いてから答えた。


「取引……そうですね。でも、それを成し遂げたのは私ではありません」


「ほう?」


「アーデンハイト子爵が、私のために動いてくれたのです」


アリアの声には、どこか誇らしげな響きがあった。しかし同時に、寂しさも滲んでいた。

シルフィーネは、内心で眉をひそめた。

——子爵が? 下級の貴族が、そこまで……?

——一体、何のために?

彼女の常識——政治的リアリズム——では、ありえない話だった。

子爵という低い身分の者が、宰相を動かし、王族の婚約を破棄させる。そんなことができるはずがない。

——彼は、裏でとんでもない智謀を巡らせた策士なのか。

——あるいは、運だけで勝った愚か者なのか。

どちらにせよ、興味をそそられる人物だった。


「それは興味深いですね」


シルフィーネは、微笑みを浮かべた。


「アリア王女殿下。その『彼』に一度、お会いしてもよろしいですか?」


アリアは、少し驚いた顔をした。


「シルフィーネ殿下が、ルカに……?」


「ええ。お話を聞いていたら、どうしても興味が湧いてしまいまして」


「……構いませんが」


アリアは、少し複雑そうな顔をした。


「彼は……少し、変わった人ですよ」


「変わった?」


「はい。普通の貴族とは、違うんです。何というか……損得ではなく、感情で動く人」


「ふふ、それは確かに珍しいですね」


シルフィーネは、カップを口元に運んだ。

——感情で動く、か。

——ますます興味深い。


「では、後ほど使いを出させていただきますね」

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