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第19話 アリアとクローネ

——クローネ視点——

扉の外で待っていると、中から声が聞こえてきた。

はっきりとは聞き取れない。でも、アリア様の声が震えているのは分かった。


「……」


胸が、締め付けられるように痛んだ。

やがて——扉が開いた。

出てきたのは、ルカ様だった。

その表情は、苦しげだった。何かを言いたそうに口を開きかけて、でも結局何も言わずに、私の横を通り過ぎていった。


「……ルカ様」


「……ごめん、クローネ。今日は、ここで」


「……はい」


ルカ様の背中が、廊下の奥へと消えていく。

私は——その背中を、しばらく見つめていた。

胸が、苦しい。

ルカ様の辛そうな顔を見るたびに、何かしてあげたいと思ってしまう。

傍にいたいと、思ってしまう。


「……」


分かっている。

この気持ちに、名前をつけてはいけないことは。

私は、アリア様の侍女で、幼馴染で——味方なのだから。


「……私、最低ですね」


小さく呟いて、私は部屋の中へと入った。



アリア様は、窓際に立っていた。

背中を向けたまま、動かない。


「……アリア様」


声をかけると、アリア様の肩が僅かに震えた。


「……クローネ」


振り返ったアリア様の目は、真っ赤に腫れていた。


「……っ、アリア様……!」


私は思わず駆け寄り、アリア様を抱きしめた。


「大丈夫です、大丈夫ですから……」


「……っ、うっ……」


アリア様は、私の胸に顔を埋めて泣いていた。

いつも気丈に振る舞って、感情を押し殺して。王女として、完璧であろうとして。

でも、本当は——こんなにも脆くて、弱くて。


「……どうして」


アリア様が、嗚咽の合間に呟いた。


「どうして、ルカは……」


「……」


「私だって……私だって、ずっと我慢してるのに……」


アリア様の声は、震えていた。


「会いたかった……ずっと、ずっと会いたかった……でも、会えなかった……」


「……」


「なのに、ルカは……あんな風に、真っ直ぐに……」


アリア様は、私の服を握りしめた。


「どうして、諦めてくれないの……そうしてくれたら、私も……諦められるのに……」


「……アリア様」


私は、アリア様の髪を優しく撫でた。


「ルカ様は……アリア様のことを、本当に想っていらっしゃるんです」


「……」


「九年間、ずっと。あの方は、アリア様のことを忘れたことなんて、一度もないんだと思います」


「……分かってる」


アリア様は、小さく呟いた。


「分かってるから……辛いの……」


「……」


「私も……私も、ルカのことが……」


その先は、言葉にならなかった。

でも、分かっていた。

アリア様も、ルカ様のことを想っている。

九年間、ずっと。

二人は、同じ気持ちなのに——魔剣の呪いが、二人を引き裂いている。

——リアちゃんは、魔剣の呪いで彼に近づけない。

ふと、そんな考えが頭をよぎった。

——だからこそ、私がルカ様に近づける余地がある。


「……っ」


自分の思考に、吐き気がした。

何を考えているの、私は。

親友が泣いているのに。こんなにも苦しんでいるのに。

その隙に——好きな人を奪おうとしている?


「……最低だ」


「……クローネ?」


「あ、いえ……何でもありません」


私は慌てて首を振った。

こんな汚い感情、アリア様に気づかれてはいけない。

私は——アリア様の味方だ。

アリア様の幸せを願っている。ルカ様と結ばれてほしいと、心から思っている。

なのに——どうして、こんなことを考えてしまうのだろう。

ルカ様の優しい笑顔が、脳裏に浮かぶ。

三年前、盗賊から助けてくれた時の頼もしい姿。

パフェを食べながら笑い合った、あの穏やかな時間。

「いつか、私の手作りパフェをご馳走しますね」——あの約束を、ルカ様は覚えていてくれた。


「……っ」


ダメだ。考えるな。

私がルカ様を好きになる資格なんて、ない。

アリア様の方が、ずっとずっと先に——ルカ様のことを、想っていたのだから。


「……大丈夫ですよ、リアちゃん」


私は、アリア様を抱きしめる腕に、力を込めた。


「リアちゃんの隣には、私がいますから」


「……クローネ」


「何があっても、私はリアちゃんの味方です。ずっと、ずっと……傍にいます」


——たとえ、この胸の奥に、どんな感情が渦巻いていても。

——私は、アリア様の味方だ。

——それだけは、絶対に変わらない。

自分に言い聞かせるように、私はアリア様を抱きしめ続けた。

アリア様は、私の胸に顔を埋めたまま、静かに泣き続けた。

月明かりが、二人の影を照らしていた。

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