第19話 アリアとクローネ
——クローネ視点——
扉の外で待っていると、中から声が聞こえてきた。
はっきりとは聞き取れない。でも、アリア様の声が震えているのは分かった。
「……」
胸が、締め付けられるように痛んだ。
やがて——扉が開いた。
出てきたのは、ルカ様だった。
その表情は、苦しげだった。何かを言いたそうに口を開きかけて、でも結局何も言わずに、私の横を通り過ぎていった。
「……ルカ様」
「……ごめん、クローネ。今日は、ここで」
「……はい」
ルカ様の背中が、廊下の奥へと消えていく。
私は——その背中を、しばらく見つめていた。
胸が、苦しい。
ルカ様の辛そうな顔を見るたびに、何かしてあげたいと思ってしまう。
傍にいたいと、思ってしまう。
「……」
分かっている。
この気持ちに、名前をつけてはいけないことは。
私は、アリア様の侍女で、幼馴染で——味方なのだから。
「……私、最低ですね」
小さく呟いて、私は部屋の中へと入った。
◇
アリア様は、窓際に立っていた。
背中を向けたまま、動かない。
「……アリア様」
声をかけると、アリア様の肩が僅かに震えた。
「……クローネ」
振り返ったアリア様の目は、真っ赤に腫れていた。
「……っ、アリア様……!」
私は思わず駆け寄り、アリア様を抱きしめた。
「大丈夫です、大丈夫ですから……」
「……っ、うっ……」
アリア様は、私の胸に顔を埋めて泣いていた。
いつも気丈に振る舞って、感情を押し殺して。王女として、完璧であろうとして。
でも、本当は——こんなにも脆くて、弱くて。
「……どうして」
アリア様が、嗚咽の合間に呟いた。
「どうして、ルカは……」
「……」
「私だって……私だって、ずっと我慢してるのに……」
アリア様の声は、震えていた。
「会いたかった……ずっと、ずっと会いたかった……でも、会えなかった……」
「……」
「なのに、ルカは……あんな風に、真っ直ぐに……」
アリア様は、私の服を握りしめた。
「どうして、諦めてくれないの……そうしてくれたら、私も……諦められるのに……」
「……アリア様」
私は、アリア様の髪を優しく撫でた。
「ルカ様は……アリア様のことを、本当に想っていらっしゃるんです」
「……」
「九年間、ずっと。あの方は、アリア様のことを忘れたことなんて、一度もないんだと思います」
「……分かってる」
アリア様は、小さく呟いた。
「分かってるから……辛いの……」
「……」
「私も……私も、ルカのことが……」
その先は、言葉にならなかった。
でも、分かっていた。
アリア様も、ルカ様のことを想っている。
九年間、ずっと。
二人は、同じ気持ちなのに——魔剣の呪いが、二人を引き裂いている。
——リアちゃんは、魔剣の呪いで彼に近づけない。
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
——だからこそ、私がルカ様に近づける余地がある。
「……っ」
自分の思考に、吐き気がした。
何を考えているの、私は。
親友が泣いているのに。こんなにも苦しんでいるのに。
その隙に——好きな人を奪おうとしている?
「……最低だ」
「……クローネ?」
「あ、いえ……何でもありません」
私は慌てて首を振った。
こんな汚い感情、アリア様に気づかれてはいけない。
私は——アリア様の味方だ。
アリア様の幸せを願っている。ルカ様と結ばれてほしいと、心から思っている。
なのに——どうして、こんなことを考えてしまうのだろう。
ルカ様の優しい笑顔が、脳裏に浮かぶ。
三年前、盗賊から助けてくれた時の頼もしい姿。
パフェを食べながら笑い合った、あの穏やかな時間。
「いつか、私の手作りパフェをご馳走しますね」——あの約束を、ルカ様は覚えていてくれた。
「……っ」
ダメだ。考えるな。
私がルカ様を好きになる資格なんて、ない。
アリア様の方が、ずっとずっと先に——ルカ様のことを、想っていたのだから。
「……大丈夫ですよ、リアちゃん」
私は、アリア様を抱きしめる腕に、力を込めた。
「リアちゃんの隣には、私がいますから」
「……クローネ」
「何があっても、私はリアちゃんの味方です。ずっと、ずっと……傍にいます」
——たとえ、この胸の奥に、どんな感情が渦巻いていても。
——私は、アリア様の味方だ。
——それだけは、絶対に変わらない。
自分に言い聞かせるように、私はアリア様を抱きしめ続けた。
アリア様は、私の胸に顔を埋めたまま、静かに泣き続けた。
月明かりが、二人の影を照らしていた。




