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第18話 滲む想い

宰相との交渉を終えてから、数日が経った。

マルシャン宰相が、レグナス殿下の説得に動いているはずだ。

僕にできることは、待つことだけだった。

その日の夕方——。

宿の部屋で書類を整理していると、リゼが声をかけてきた。


「ルカ様。クローネさんが参りました」


階下に降りると、クローネがフードを被って待っていた。


「ルカ様。アリア様が、お会いしたいと仰っています」


「アリアが……?」


心臓が、大きく跳ねた。


「はい。今夜、王城の離れにお越しいただけないかと……」


「……分かった。すぐに行く」



クローネに案内されて、僕は王城の離れへと向かった。

人目を避けるように、裏口から入る。長い廊下を抜け、小さな部屋の前で足を止めた。


「こちらです」


クローネが扉を開けた。

中には——アリアがいた。

窓際に立ち、外を眺めていた。月明かりに照らされた白銀の髪が、淡く輝いている。


「アリア様、ルカ様をお連れしました」


「……ありがとう、クローネ」


アリアは振り返った。

その瞳には——複雑な感情が渦巻いていた。


「クローネ。少し、二人にしてもらえる?」


「……はい。では、私は外で待っております」


クローネは一礼して、部屋を出ていった。

扉が閉まり、静寂が訪れる。

部屋には、僕とアリアだけが残された。


「……アリア」


「……」


アリアは、僕を見つめていた。


「どうして、ここに……」


「……婚約破棄の件」


アリアは、静かに言った。


「あなたが、何かしたのでしょう」


「……」


「宰相が急に動き出したと聞きました。何か弱みを握ったのか、取引をしたのか……詳しいことは分かりませんが」


アリアの目が、真っ直ぐに僕を捉えた。


「あなたの仕業でしょう」


否定はしなかった。


「……ああ」


「……そう」


アリアは、小さく息を吐いた。


「……どうして」


「どうして?」


「どうして、そこまでするの」


その声は、震えていた。


「私は、あなたを拒絶した。二度と現れるなと言った。なのに……どうして」


「……アリア」


僕は、一歩前に踏み出した。


「僕は、君を——」


「来ないで」


アリアが、鋭く言った。

僕の足が、止まる。


「……来ないで、ルカ」


「でも——」


「魔剣の呪いは、まだ解けていないの」


アリアは、自分の胸元を押さえた。


「近づいたら……どうなるか分からない。私にも、分からないの……」


その声は、恐怖で震えていた。


「婚約を破棄しても、呪いは消えない。あなたが何をしても……私たちは、結ばれない」


「そんなことない」


僕は、真っ直ぐにアリアを見つめた。


「呪いを解く方法は、きっとある。帝国には聖剣使いがいると聞いた。魔剣と深い関わりがあるなら、何か手がかりが——」


「……」


「アリア、一人で抱え込まないでくれ。魔剣の呪いも、二人なら絶対になんとかできる」


「——っ」


アリアの肩が、震えた。

その目に、涙が滲んでいるのが見えた。


「……関わらないでと、言ったはずです」


「アリア——」


「どうして……どうして、あなたはそうなの」


アリアの声が、裏返った。


「私があんなに突き放しても、どれだけ冷たくしても……どうして、諦めてくれないの」


「……」


「私は……私は、あなたに死んでほしくないの。あなたが生きていてくれるなら、私は……どんな男の元に嫁いでも構わないのに……」


涙が、アリアの頬を伝った。


「なのに……あなたは……」


「アリア」


僕は、また一歩前に出ようとした。


「来ないでっ!」


アリアが、叫んだ。

その声は、悲鳴のようだった。


「……近づかないで。お願いだから……これ以上、私を困らせないで……」


「……」


「もう……勝手にしてください」


アリアは、背を向けた。

その肩は、小さく震えていた。


「話は終わりです、帰ってください」


有無を言わさない声。これ以上この場にいることは許されなかった。

僕は何も言わず、扉に手をかけた。


「……感謝は、伝えておきます」


背後から微かに感謝の言葉が聞こえた。

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