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第17話 交渉

闇オークションを抜け出した僕たちは、一度宿に戻った。

手に入れた書類を確認し、証拠として十分かどうかを精査する。


「……これだけあれば、十分だね」


「はい。資金の流れ、宰相の署名、顧客名簿……言い逃れはできないでしょう」


リゼが頷いた。


「それで、ルカ様。これからどうされますか?」


「宰相に直接会う」


「……直接、ですか」


「ああ。証拠を突きつけて、交渉する」


「危険では?」


「かもしれない。でも、回りくどいことをしている時間はない」


僕は書類を懐にしまった。


「アリアの婚約は、着々と進んでいる。早く手を打たないと、手遅れになる」


「……分かりました。では、私もお供いたします」


「ありがとう、リゼ」



翌日。

僕は王城に赴き、マルシャン宰相との面会を申し入れた。


「アーデンハイト子爵が、宰相閣下に?」


受付の役人は、怪訝そうな顔をした。


「何の用件でしょうか」


「それは宰相閣下に直接お伝えする。至急、お取り次ぎ願いたい」


「しかし、宰相閣下はお忙しい身。アポイントもなしに——」


「これを見せれば、会ってくれるはずだ」


僕は一枚の紙を差し出した。

闇オークションの帳簿の写し。宰相の名前が記された部分だ。

役人の顔が、青ざめた。


「……少々、お待ちください」


役人は慌てて奥へと消えていった。

しばらくして——。


「……宰相閣下がお会いになるそうです。こちらへ」


案内されたのは、宰相の執務室だった。



「やあやあ、これはこれは。アーデンハイト子爵殿」


マルシャン宰相は、にこやかな笑みを浮かべて僕を迎えた。

太った体躯。油っぽい肌。そして——ねっとりとした、爬虫類のような目。


「わざわざのお越し、恐れ入りますねぇ」


「突然の訪問、失礼いたします」


僕は表情を崩さずに答えた。


「まあまあ、お座りくださいな。お茶でもいかがです?」


「結構です。長居するつもりはありませんので」


「おやおや、せっかちな方だ」


宰相は椅子に深く腰掛け、僕を見上げた。


「それで? ご用件は何でしょうかねぇ」


「単刀直入に言います」


僕は懐から書類の束を取り出し、宰相の前に置いた。


「これが何か、お分かりですね」


宰相は書類を一瞥した。

その目が、一瞬だけ細くなった。


「……ほう」


「王都郊外で行われている闇オークション。その運営資金の流れを示す帳簿です」


「なるほど、なるほど」


「ご覧の通り、あなたの名前がしっかりと記されている。署名もある」


僕は宰相の目を真っ直ぐに見つめた。


「宰相閣下。あなたもご存知でしょうが、人身売買は国際法で明確に禁じられている。亜人であろうと、人であろうと——関係ない」


「……」


「これが表に出れば、アステリナ王国は国際社会から非難される。周辺国との関係も悪化するでしょう。そして何より——」


僕は、冷たく言い放った。


「その責任者として、あなたの名前が挙がる。王国を窮地に陥れた売国奴として、あなたの政治生命は確実に終わる」


沈黙が落ちた。

宰相は書類を眺めながら、しばらく黙っていた。

そして——。


「ふふふ……」


笑い始めた。


「いやあ、これはこれは。最近の若い者は、活きが良くていいですねぇ」


「……」


「子爵殿、なかなかの胆力をお持ちだ。この私を相手に、ここまで堂々と脅しをかけるとは」


宰相は書類をぽんと机に置いた。


「それでぇ? 何が目的なんです?」


「……」


「わざわざ交渉に来たということは、私にやってほしいことがあるのでしょう? でなければ、こんな面倒な真似はしませんよねぇ」


宰相の目が、ねっとりと僕を捉えた。


「さあ、おっしゃってくださいな。子爵殿のお望みは、何です?」


「……ああ」


僕は、一呼吸置いて言った。


「アリア王女の婚約を破棄しろ」


宰相の目が、僅かに見開かれた。


「王女殿下の……?」


そして——何かに気づいたように、にやりと笑った。


「はははっ、なるほど、なるほど。あの時の小僧が……」


「……」


「九年前、王女殿下との密会が発覚して廃嫡された侯爵家の嫡男。今は辺境の子爵……ふぅん、よく調べておくべきでしたねぇ」


宰相は愉快そうに体を揺らした。


「白馬の王子様気取り、というわけですかぁ。いやはや、若いって素晴らしい」


「茶化すつもりなら、この書類を然るべき場所に届けるだけだ」


「おっと、怖い怖い」


宰相は両手を挙げて見せた。


「まあ、いいでしょう。婚約の破棄……検討しないこともないですよぉ」


「検討ではなく、実行してもらう」


「せっかちですねぇ」


宰相は肩をすくめた。


「ですがねぇ、子爵殿。婚約を破棄したとして——先方が納得するかは、別の話ですよぉ?」


「……」


「ドミニク公爵閣下は、王女殿下をそれはそれは楽しみにしておられる。『最高のコレクション』だと、目を輝かせておりましたからねぇ」


宰相の目が、意地悪く光った。


「婚約を破棄すれば、公爵閣下は激怒するでしょう。下手をすれば、戦争になるかもしれませんよぉ? それでも、構わないとぉ?」


「もちろんだ」


僕は、迷わず答えた。


「その後処理も含めて、協力してもらう」


「……ほう?」


「あんたには、この王国での人脈がある。外交の経験もある。ドミニク公爵を納得させる手段の一つや二つ、持っているだろう」


「いやいや、買いかぶりすぎですよぉ」


「謙遜はいい。できるか、できないか——それだけ答えろ」


僕は宰相を睨みつけた。


「断るなら、この書類は今日中に表に出る。あんたの政治生命は、そこで終わりだ」


沈黙。

宰相は、じっと僕を見つめていた。

その目には——不思議な光が宿っていた。


「……ははは」


やがて、宰相は笑い出した。


「いやあ、人使いが荒いですねぇ、子爵殿」


「……」


「脅して、要求して、さらに後処理まで押しつけるとは。なかなかの図太さだ」


宰相は立ち上がり、窓際に歩み寄った。


「ですがねぇ……その強気な姿勢、嫌いじゃありませんよぉ」


振り返った宰相の顔には、どこか愉快そうな笑みが浮かんでいた。


「いいでしょう。協力して差し上げますよぉ」


「……本当か」


「ええ、ええ。ただし——」


宰相は、人差し指を立てた。


「その書類、いつまでも子爵殿のお手元に置かれては困りますねぇ。いつまた脅されるか分かりませんから」


「それについては、提案がある」


僕は書類を手元に引き戻した。


「まず、婚約破棄を実行してもらう。それが正式に決定した時点で、この書類は破棄する」


「ほう……?」


「そうすれば、あんたも安心だろう。書類がなくなれば、僕があんたを脅す材料もなくなる」


「なるほど、なるほど……」


宰相は顎に手を当て、考え込むような仕草をした。


「ですが、そうなると——後処理に私が協力する保証がなくなりますよねぇ? 婚約破棄の後、私が手を引いたらどうするおつもりでぇ?」


「それこそ、あんたの利益に反するだろう」


「と、言いますとぉ?」


「婚約破棄だけして後処理をしなければ、ドミニク公爵の怒りを買うのはあんたも同じだ。公爵に恨まれて、得することは何もない」


「……」


「それに、後処理がうまくいけば、あんたの外交手腕を示すことにもなる。王国を戦争から救った功労者として、立場は強まるはずだ」


僕は真っ直ぐに宰相を見据えた。


「協力した方が得だ。あんたなら、分かるだろう」


宰相は、しばらく僕を見つめていた。

その目には——計算高い光が宿っていた。


「……ふふ」


やがて、宰相は笑った。


「いやあ、子爵殿。なかなかの交渉上手ですねぇ」


「買いかぶりだ」


「いえいえ。この私を相手に、ここまで理詰めで追い込むとは……将来が楽しみですよぉ」


宰相は両手を広げた。


「いいでしょう。その条件で、お受けいたしますよぉ」


「……本当だな」


「ええ、ええ。婚約破棄が正式に決定したら、書類は破棄していただく。その後、私は後処理に全面的に協力する。——それで、よろしいですねぇ?」


「ああ」


僕は頷いた。


「約束を破れば——」


「分かっておりますよぉ。その時は、別の形で私の首が飛ぶ。重々、承知しております」


宰相はにっこりと笑った。


「それでは、子爵殿。今後ともよろしくお願いしますねぇ」


その笑顔には——どこか、油断のならないものがあった。



宰相の執務室を出た後、リゼが小声で言った。


「……ルカ様。本当に、あの男を信用してよろしいのですか」


「信用はしていないよ」


僕は廊下を歩きながら答えた。


「でも、利用価値がある限り、あの男は約束を守る。そういう人間だ」


「……」


「それに、僕たちには他に手がない。今はあの男の力を借りるしかないんだ」


「……はい。主がそう仰るなら」


リゼは頷いた。

だが、その目には——まだ不安の色が残っていた。

僕も、同じ気持ちだった。

マルシャン宰相は、信用できる男ではない。

でも——今は、前に進むしかない。

アリアを救うために。

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