第15話 潜入
【お詫び】「第6話 再会」のシーンにてプロットにあるシーンの抜けがあったため追記いたしました。
三日後の夜。
僕とリゼは、王都郊外の廃倉庫へと向かった。
月明かりに照らされた道を歩く。人通りはほとんどない。こんな場所で、あんな催しが行われているとは——普通なら気づきもしないだろう。
「……見えてきました」
リゼが小声で言った。
前方に、古びた倉庫が見える。一見すると廃墟にしか見えないが、よく見ると——入口の前に、二人の男が立っていた。
見張りだ。
「……行くよ、リゼ」
「はい」
僕は深呼吸をして、歩き出した。
貴族らしく、堂々と。この場に相応しい傲慢さを纏って。
「——止まれ」
見張りの一人が、僕たちの前に立ち塞がった。
「見ない顔だな。合言葉は?」
「『月下の宴』」
僕が答えると、見張りは僅かに目を細めた。
「……合言葉は合ってる。だが、本当に招待客か?」
「疑うのか?」
「こっちも商売でね。変な奴を入れて、後で面倒になるのは御免なんだ」
見張りの視線が、リゼに向いた。
「そっちの亜人は?」
「見ての通り、俺の奴隷だ」
「ほう……」
見張りが近づいてきた。
そして——リゼの髪を、無造作に掴んだ。
「っ——」
リゼの体が強張る。
見張りは構わず、リゼの顔を上に向けさせた。
「……ほお」
じろじろと、品定めするような目で見る。
「顔はいいな。獣人か? この耳……猫か」
「そうだ」
「ふうん……」
見張りの視線が、リゼの体を上から下まで舐めるように動いた。
「だが、胸は小さいな。もう少し育ってりゃ、高く売れただろうに」
「……っ」
リゼの拳が、僅かに震えた。
僕は内心で怒りを堪えながら、平静を装った。
「まあ、でもなかなかいい商品じゃないか。売りに来たのか?」
「ああ、そうだ」
僕は肩をすくめて見せた。
「こいつにはもう飽きたからな。売り払って、新しい奴隷を買おうかと思ってな」
「なんだ、旦那も物好きなことで」
見張りは下卑た笑いを浮かべた。
「疑って悪かったっすね。どうぞ、お入りください」
「ああ」
僕はリゼの腕を引いて、倉庫の中へと足を踏み入れた。
◇
中に入ると、そこは——想像以上に広かった。
廃倉庫の外観からは想像できないほど、内部は整備されている。
中央には舞台があり、その周囲を囲むように椅子が並べられていた。既に何人かの貴族らしき人物が座り、酒を片手に談笑している。
「……ルカ様」
リゼが、小声で囁いた。
「大丈夫?」
「……はい」
リゼは頷いたが、その声には僅かに硬さがあった。
「申し訳ありません。取り乱すところでした」
「いや、リゼは悪くない。あんなことを言われて、怒らない方がおかしい」
「……」
リゼは少し俯いた。
そして——小さな声で、呟いた。
「……ルカ様、私には商品としての魅力なんて、ないんでしょうか。……胸も小さいですし」
「え?」
思わず聞き返した。
「いえ、その……先ほど門番に言われたことが、少し……」
リゼの耳が、赤くなっていた。
「……リゼ」
「は、はい」
「そんなこと、気にしなくていいよ」
「で、ですが……」
「僕は、リゼはリゼのままでいいと思ってる。大きさなんて関係ない」
「——っ」
リゼの顔が、一気に真っ赤になった。
「る、ルカ様……! そのようなことを、こんな場所で……!」
「あ、ごめん。今はそういう話をしてる場合じゃなかったね」
「まったくです……!」
リゼは顔を背けたが、その耳はまだ赤いままだった。
「……と、とにかく。まずは会場の様子を把握しましょう」
「うん。目立たないように、見て回ろう」
僕たちは会場の隅に移動し、周囲を観察した。
◇
会場には、二十人ほどの貴族が集まっていた。
皆、高価な服を身に纏い、宝石を散りばめた装飾品を身につけている。顔を隠すための仮面をつけている者も多い。
「……あれを」
リゼが、小声で指し示した。
舞台の奥——鉄格子で仕切られた空間があった。
その中に、何人もの亜人たちが閉じ込められている。
エルフ、獣人、様々な種族。男も女もいる。子供の姿さえあった。
彼らは皆、首に同じ首輪をつけられ、怯えた目で客席を見つめていた。
「……酷い」
思わず、声が漏れた。
「静かに、ルカ様」
「……分かってる」
拳を握りしめる。
今は堪えるしかない。ここで騒ぎを起こせば、証拠を押さえることができなくなる。
「——さあさあ、皆様!」
その時、舞台に一人の男が上がった。
派手な衣装を身に纏った、太った中年の男。司会者らしい。
「本日もようこそお越しくださいました! 今宵も素晴らしい商品を取り揃えておりますよ!」
客席から、歓声と拍手が上がった。
「まずは本日の目玉から参りましょう! 北方の森で捕らえた、純血のエルフでございます!」
鉄格子から、一人の亜人が引きずり出された。
長い耳。銀色の髪。美しい顔立ちの、若いエルフの女性だった。
彼女は抵抗する気力もないのか、ただ俯いたまま舞台に立たされていた。
「さあ、ご覧ください! この美しさ! この気品! 純血種は今や希少でございます! 開始価格は金貨五十枚から!」
「六十枚!」
「七十枚だ!」
貴族たちが、次々と声を上げる。
まるで、家畜の競りのように。
「……」
僕は、奥歯を噛みしめた。
彼女たちは、人間だ。
感情があり、心がある。誰かの家族であり、誰かの友人だ。
それを——こんな風に売り買いするなんて。
「ルカ様」
リゼが、僕の袖を引いた。
「お気持ちは分かります。ですが、今は——」
「……分かってる」
深く息を吐く。
今は、堪えるんだ。
「責任者らしき人物を探そう」
「はい」
僕は近くにいた案内係らしき男に声をかけた。
「すまない。奴隷を売りに来たんだが、どこで手続きをすればいい?」
「ああ、売り手の方ですか。でしたら、奥の取引所へどうぞ。ご案内します」
男は慣れた様子で歩き出した。
僕とリゼは、その後に続く。




