第13話 潜入前日
「それにしても……どうやって潜入しましょうか?」
クローネが、眉をひそめながら言った。
「闇オークションに参加するのは、マルシャン宰相との繋がりが多い貴族たちです。顔見知りも多いでしょうし、見慣れない顔が紛れ込めば、すぐに怪しまれます」
「確かに……」
僕も腕を組んで考えた。
正面から乗り込むのは無理だ。かといって、外から様子を窺うだけでは、証拠を掴むことはできない。
「……一つ、方法があります」
リゼが、静かに口を開いた。
「方法?」
「はい。オークションに出品される側として、潜入するのです」
「出品される側……つまり、亜人として?」
「はい」
リゼは真剣な顔で頷いた。
「私が亜人奴隷に扮し、ルカ様がその主人として参加する。そうすれば、内部に入り込むことができるのではないでしょうか」
「なるほど……」
確かに、それなら不自然ではない。
新たな「商品」を持ち込む貴族——そういう体で潜入すれば、怪しまれる可能性は低くなる。
「でも、リゼ。それは危険だ。もし正体がバレたら——」
「ご心配には及びません」
リゼは、きっぱりと言った。
「主をお守りするためなら、この程度の危険、何ほどのものでもありません」
「リゼ……」
「それに」
リゼは、少しだけ口元を緩めた。
「私が傍にいれば、何かあった時にすぐ対応できます。ルカ様を一人で行かせるわけには参りません」
その言葉に、僕は苦笑した。
結局、彼女はそこに行き着くのだ。
「……分かったよ。リゼの案で行こう」
「ありがとうございます」
「ただ、問題は変装だね。リゼは見た目が完全に人間だから、亜人に見せるには——」
「そういうことなら、お任せください」
クローネが、にっこりと笑った。
「こう見えても、変装は得意なんです」
「変装?」
「はい。王城では時々、お忍びで街に出ることもありますから。髪型を変えたり、化粧で印象を変えたり……そういった道具は揃えています」
クローネは少し誇らしげに胸を張った。
「ただ、亜人に見せるとなると……さすがに私の手持ちでは難しいですね」
「だよね……猫耳や尻尾なんて、普通は売ってないだろうし」
「ですが、心当たりがないわけではありません」
クローネは少し考え込むように言った。
「王都には、演劇や仮面舞踏会用の小道具を作る職人がいるんです。腕は確かで、口も堅い。特殊な注文にも応じてくれます」
「そんな職人が……」
「ええ。貴族の中には、変わった趣味をお持ちの方もいらっしゃいますから。表立っては言えないような注文も、こっそり受けているとか」
なるほど。需要があるところには、供給がある——というわけか。
「その職人に、亜人の耳や尻尾を作ってもらえないか頼んでみます。明日の夜までには間に合うはずです」
「……頼めるか?」
「お任せください。こういう交渉事は、慣れていますから」
クローネはふふっと笑った。
◇
翌日の夕方。
クローネが届けてくれた包みの中には、驚くほど精巧な変装道具が入っていた。
柔らかな毛並みの猫耳。自然に揺れる尻尾。どちらも本物と見紛うほどの出来栄えだ。
「すごいな、これ……」
「でしょう? あの職人、本当に腕がいいんです」
クローネは満足げに言った。
「髪飾りに見せかけて耳を固定できますし、尻尾は腰に巻くベルトで装着します。服の下に隠れるので、外からは分かりません」
「……よく一晩で用意できたね」
「特急料金を払いましたから。それに、『他言無用』の約束もしっかりと」
クローネはふふっと笑った。
「さ、リゼさん。着けてみてください」
「……はい」
リゼは少し緊張した面持ちで、猫耳を手に取った。
鏡の前で、慎重に装着していく。
耳を付け、尻尾を巻き、服装も地味なものに着替える。
「……どう、でしょうか」
振り返ったリゼの姿に、僕は——息を呑んだ。
赤い髪に、ぴょこんと生えた猫耳。腰からは、ふさふさの尻尾が揺れている。
普段の凛々しい雰囲気とは違う、どこか儚げな——。
「……似合ってるよ、リゼ」
「——っ」
リゼの頬が、みるみる赤くなった。
「に、似合って……!? そ、そのようなことを仰られても、困ります……!」
「いや、本当に。その……可愛い、と思う」
「か、かわっ——!?」
リゼは耳まで真っ赤になって、両手で顔を覆った。
「る、ルカ様……! そのような言葉は、その……心臓に、悪いです……!」
「あ、ごめん。でも、本当のことだから——」
「ふふふ」
クローネが、くすくすと笑っていた。
「お二人とも、仲が良いんですね」
「な、仲が良いなどと……! 私は従者として、当然のことを——」
「はいはい。それより、尻尾の動きも確認しておいてくださいね。不自然だと怪しまれますから」
「う……は、はい……」
リゼは顔を赤くしたまま、ぎこちなく尻尾を揺らした。
その姿が、なんだか可愛らしくて——僕は思わず笑ってしまった。
「笑わないでください、ルカ様……!」
「ごめんごめん」
「まったく……主は時々、意地悪です……」
リゼは拗ねたように呟いたが、その耳——本物の方——は、まだ赤いままだった。
「さて、ルカ様の方も準備しましょう」
クローネが、別の包みを差し出した。
「宰相派閥の貴族らしい服装を用意しました。少し派手ですが、この方が溶け込みやすいかと」
「ありがとう、クローネ」
僕は服を受け取り、着替えた。
金糸の刺繍が入った上着。高価そうなマント。確かに、普段の僕とは全く違う雰囲気だ。
「うん、いい感じですね。これなら、新参の貴族で通るでしょう」
「……なんだか、落ち着かないな」
「我慢してください。一晩だけですから」
クローネは真剣な顔に戻った。
「明日の夜、廃倉庫に向かってください。入口で『月下の宴』と言えば、通してもらえるはずです」
「『月下の宴』……合言葉か」
「それと……ルカ様」
クローネは、少し躊躇うような仕草を見せた後、首から何かを外した。
あのペンダントだ。王家の紋章が刻まれた、小さな金の装飾品。
「これを……持っていってください」
「え? でも、それは君の——」
「私がアリア様から賜った、大切なものです」
クローネは、ペンダントを僕の手に押し付けるように渡した。
「だからこそ、ルカ様に託したいんです。これを見せれば、王家に連なる者として見なされるはずです。もしもの時に……きっと役に立つと思いますから」
「クローネ……」
「必ず、返していただきますからね?」
クローネは、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「アリア様を救った後に……ちゃんと、返してください」
その言葉には、僕への信頼が込められていた。
「……ああ、約束する」
僕はペンダントを握りしめた。
小さいけれど、確かな重みがあった。
クローネの想い。アリアへの忠誠。
その全てが、この小さな装飾品に込められているような気がした。
「ありがとう、クローネ。必ず——返すよ」
「はい。……お待ちしています」
——準備は、整った。
明日の夜。
僕たちは、闇オークションに潜入する。




