第1話 出会いの日
※生成AI執筆作品です、苦手な方はご注意ください。
木剣を振り下ろす。
乾いた音が森に響き、すぐに木々のざわめきに溶けて消える。
「......ふう」
額に滲んだ汗を袖で拭い、僕は再び構えを取る。父上に教わった通り、腰を落として、剣先は相手の喉元へ。
一、二、三――。
数を数えながら、繰り返し同じ動作を続ける。地味な鍛錬だが、父上は言っていた。基礎こそが全てだと。アーデンハイト侯爵家の嫡男として、剣の腕は必須なのだから。
「......五十八、五十九、六十」
区切りのいいところで動きを止め、深く息を吐く。
見上げれば、木漏れ日が眩しかった。
ここは、僕にとって唯一の息抜きの場所だ。
屋敷に戻れば、剣術の稽古、礼儀作法、帝王学。次期当主として恥ずかしくないよう、あれもこれも完璧にこなさなければならない。まだ七つにもならない僕には、正直、息が詰まることばかりなのだ。
でも、この山にいる間だけは違う。
誰の目も気にせず、自分のペースで剣を振れる。風の音と、鳥のさえずりだけが聞こえる静かな時間。
「......よし、もう少しだけ」
木剣を握り直し、構えを取ろうとした、その時だった。
「きゃあっ――!!」
悲鳴。
甲高い、少女の声が耳に響く。
僕は弾かれたように顔を上げた。声がした方角は――山の奥、沢の近くだ。
迷う暇はなかった。
木剣を握りしめ、僕は駆け出していた。
枝を掻き分け、斜面を駆け下りる。
心臓がうるさいくらいに鳴っていた。怖い、という感情はあった。でも、それよりも——あの悲鳴の主が気になって仕方なかった。
沢が見えてくる。
そして——僕は息を呑んだ。
「っ......!」
小熊だ。
まだ若い個体だろう。それでも僕より一回りは大きく、鋭い爪が陽光を反射している。その小熊が、一人の少女を岩場に追い詰めていた。
少女は泥だらけだった。服はあちこち破れ、白銀の髪は乱れて顔に張り付いている。それでも、彼女は怯えながらも熊を真っ直ぐに睨みつけていた。
——逃げ場がない。
小熊が低く唸り声を上げる。次の瞬間、その体が少女に向かって動き出した。
考えるより先に、体が動いていた。
「——こっちだ!!」
叫びながら、僕は地面の石を拾い上げ、小熊の横っ腹めがけて投げつけた。
鈍い音。小熊の動きが止まる。
ゆっくりと、その体がこちらを向いた。小さな目が、僕を捉える。
......怖い。
足が震える。逃げ出したい。でも——今逃げたら、あの子が。
「来いよ......!」
声が震えていた。それでも、僕は木剣を構えた。
小熊が威嚇するように吠える。そして、その体が僕に向かって突進してくる。
——速い。
でも、父上との稽古で、もっと速い剣を見てきた。
僕は横に跳んだ。小熊の爪が空を切る。すかさず、その死角——後ろ足の付け根に回り込む。
「はあっ——!」
渾身の力で、木剣を突き出した。
急所ではない。こんな木剣で熊を殺せるはずがない。でも、痛みを与えることはできる。
小熊が悲鳴のような声を上げた。振り向きざまに腕を振るう。僕は咄嗟に身を屈め、その一撃をかわした。
——まだだ。
僕は転がるようにして小熊の懐に潜り込み、今度はその鼻先を狙って木剣を突き上げた。
「がっ——!」
鈍い手応え。小熊が大きくのけぞる。
畳みかけるように、僕は叫んだ。
「あっちに行け!!」
石を拾い、投げる。もう一度、もう一度。
小熊は傷ついた鼻を庇うように首を振り、そして——踵を返した。
足音が遠ざかっていく。木々の向こうに、茶色い影が消えていった。
「......はぁ、はぁ......」
膝が笑っていた。木剣を杖代わりにしなければ、立っていられなかっただろう。
——勝った、のか?
いや、勝ったというより、追い払っただけだ。小熊とはいえ、本気で襲いかかってきていたら僕なんてひとたまりもなかった。それに、近くに親熊がいたら......考えただけでぞっとする。
「......大丈夫?」
息を整えながら、僕は少女の方を向いた。
彼女はまだ岩場に背中を預けたまま、呆然とした顔で僕を見つめていた。
「怪我はない?」
近づいて、手を差し出す。
少女は——僕と同い年くらいだろうか——しばらく僕の顔を見つめていた。泥で汚れた顔。でも、その茶色の瞳は、とても綺麗だった。
「......あ」
少女がようやく口を開いた。
「あ、あの......」
「立てる? ほら、手を貸すよ」
僕が手を伸ばすと、彼女は恐る恐るその手を取った。小さくて、冷たい手だった。震えている。
「......ありがとう」
か細い声だった。
「うん。でも、こんな山奥で一人で何してたの? 危ないじゃないか」
僕がそう言うと、少女は少し俯いた。
「......家にいるのが、嫌だったの」
「家に?」
「うん......だから、散歩に来たの」
散歩、という言葉に、僕は思わず周囲を見回した。
ここは山のかなり奥だ。僕ですら、この辺りまで来ることは滅多にない。こんな場所まで「散歩」で来る人間がいるとは思えない。
でも——彼女の目を見れば、嘘を言っている様子はなかった。むしろ、どこか寂しそうな色が浮かんでいる。
その気持ちは、少しだけ分かる気がした。
「......そっか」
僕はそれ以上、追及しないことにした。
「でも、一人で来るのは危ないよ。今日みたいなこともあるし」
「......うん」
少女は小さく頷いた。そして、僕の顔を見上げる。
「あの......さっきの、すごかった」
「え?」
「熊を追い払ったの。すごく......まるで、物語の勇者みたい」
物語の勇者。
そんな大げさな。僕はただ、必死だっただけだ。
でも——彼女がそう言ってくれたことが、なんだか少し嬉しかった。
「そんなことないよ。小熊だったから、なんとかなっただけさ」
「ううん、すごいよ。私、怖くて動けなかったのに......あなたは、迷わず来てくれた」
少女の目が、真っ直ぐに僕を見つめていた。
その視線から目を逸らせなくて、僕は頬が熱くなるのを感じた。
「......えっと」
「私はアリア。あなたは?」
「ルカ。ルカ・アーデンハイトだよ」
名前を交換する。
彼女は——アリアは、初めて少しだけ笑った。
泥だらけの顔に浮かんだ、小さな笑顔。それがなぜか、僕の胸に深く刻まれた。
「ルカ......うん、覚えた」
「こっちこそ。アリア、だね」
「うん」
沢のせせらぎだけが、静かに響いていた。
「......ねえ、ルカ」
「なに?」
「また......また、ここに来てもいい?」
アリアは、少し不安そうな顔で僕を見上げていた。
僕は——迷わなかった。
「うん。僕も時々ここに来るから」
その言葉を聞いた瞬間、アリアの表情がぱっと明るくなった。
「本当?」
「本当だよ。でも、一人では来ちゃダメだからね。危ないから」
「じゃあ......」
アリアは、少し考え込むような顔をした。
「じゃあ、ルカがいる時だけ来る。それならいい?」
「......うん、それなら」
僕が頷くと、彼女は嬉しそうに笑った。
この時の僕は、まだ何も知らなかった。
この少女が、王国の第二王女だということも。
この出会いが、僕の運命を大きく変えることになるということも。
ただ——この瞬間だけは、確かに幸せだったと思う。
「それじゃあ、約束だよ」
アリアが小指を差し出した。
僕は苦笑しながら、その小指に自分の小指を絡ませた。
「うん、約束」
木漏れ日が、二人の影を優しく照らしていた。




