第8話 風の手紙
井の頭公園に、少し強い風が吹いていた。
木々がざわめき、落ち葉が小道を転がっていく。
三枝賢が交番前で巡回ノートを確認していると、
慌てた様子の女性が駆け寄ってきた。
「すみません! 紙が……手紙が飛んでいってしまって……」
女性は息を切らしながら、公園の奥を指さす。
風にあおられた封筒が、ちょうど見えなくなったところだった。
「どんな手紙ですか?」
「母への手紙です。今日、渡すつもりで……」
賢はすぐに状況を把握し、公園の中へ駆け出した。
落ち葉と一緒に舞う白い封筒を、目で追う。
風は気まぐれだ。
人の気持ちも、少し似ている。
池のそばで、賢は封筒を見つけた。
ベンチの下に引っかかっている。
拾い上げると、宛名には震える文字で
「お母さんへ」
とだけ書かれていた。
「よかった……!」
後から追いついた女性は、胸に手を当てて安堵の息をつく。
「どうして、そんなに大事な手紙だったんですか?」
賢の問いに、女性は少し照れながら答えた。
「ずっと、言えなかったことを書いたんです。
反抗ばかりして……でも、本当は感謝してて」
賢はうなずく。
「風に飛ばされても、ちゃんと戻ってきました。
その気持ちも、きっと届きますよ」
女性は目を潤ませ、何度も頭を下げた。
夕方。
賢が交番に戻ると、ベンチの方から風がまた吹いた。
今度はやわらかく、背中を押すような風。
——伝えたい言葉は、どこかで待っている。
賢は巡回ノートを閉じ、静かに窓の外を見る。
こもれびが揺れ、木々の影が交番の床に映っていた。
今日もまた、ひとつの想いが
ちゃんと行き先を見つけた。




