第7話 迷い道の地図
午後の井の頭公園は、午前中とは少し違う顔をしていた。
観光客が増え、外国語の会話や笑い声があちこちから聞こえてくる。
三枝賢は交番の前で、道を尋ねられるのを待つように立っていた。
この時間帯は、事件よりも“迷子”が多い。
「すみません……」
控えめな声に振り向くと、リュックを背負った若い女性が立っていた。
手には、折りたたまれた観光マップ。
「どこかお探しですか?」
「はい。ハモニカ横丁に行きたいんですけど……
地図を見ても、同じ道をぐるぐる回ってしまって」
賢は地図を受け取り、指でなぞりながら少し考えた。
「この地図、間違ってはいないんです。
ただ、吉祥寺は“近道”が多すぎるんですよ」
女性は苦笑いする。
「それ、さっきも思いました……」
賢は地図を半分に折り、新しい線を一本引いた。
「ここからまっすぐ行って、迷ったらお店の人に聞いてください。
この町の人、道を聞かれるのが好きなんです」
「ありがとうございます。
なんだか、地図より安心しました」
女性はそう言って頭を下げ、歩き出した。
その背中を見送りながら、賢はふと思う。
——人生も、地図どおりにいかない道ばかりだ。
⸻
しばらくして、今度は交番の前で立ち止まる青年がいた。
大学生くらいだろうか。スマートフォンを握りしめ、画面と交番を交互に見ている。
「どうしました?」
「……引っ越してきたばかりで。
この町、好きになれそうですかね」
唐突な質問に、賢は一瞬だけ驚いた顔をしたあと、笑った。
「住んでみないと分からないですけど……
迷っても、誰かが声をかけてくれる町ですよ」
青年は少し考え、うなずいた。
「それなら、悪くないですね」
彼はそう言って、公園の中へ歩いていった。
夕方、賢は交番の椅子に腰を下ろし、窓の外を見る。
迷って、立ち止まって、また歩き出す人たち。
賢の仕事は、道を決めることじゃない。
ただ、迷っても大丈夫だと思える場所を、ここに置いておくこと。
木々の間から差し込むこもれびが、交番の床に揺れていた。




